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2026春を走る・10

【2026春を走る・10】長野県上田市において、今年最初の菅平合宿を実施しました。ご存知のとおり、菅平高原は標高が1500m前後の準高地と言われており、多くの長距離・マラソン選手たちにとっては、合宿拠点のひとつになっています。

高地トレーニングの詳細については割愛しますが、平地に比べて標高が高い分、身体に負荷がかかります。したがって、平地でトレーニングをするよりも心肺機能などを、効果的に強化することができます。

一方、標高が高くなると、選手個々の適応能力に差が出てくるのも確かです。つまり、標高が高くても平地とそん色なく走れる選手。逆に、本来の調子で走れなくなる選手(高地に順応できないタイプ)など様々です。

要は、平地でトレーニングをする感覚で、同じような視点で調子の良し悪しを判断していくことが難しくなります。実際に、菅平高原でのトレーニング内容が悪くても、平地に降りると普通に走れる選手がいます。つまり、そこが高地トレーニングの難しいところでしょうか……。

さて、今年もこの後、この菅平高原で強化合宿を何度か実施します。今回実施したGW期間中のブラインドマラソン強化合宿も毎年恒例となっており、参加した選手たちは予定通りのトレーニングを消化することができました。

そして、この後はトラックレースに出場していきますが、トラックレースの調整もマラソン同様、基本は「練習量を落として調子を上げていく」。これになりますが、トラックレースはスピードを追求する分、同じような調整にならないのも確かです。

また、国内のWPA公認のトラックレース(視覚障がい部門)に出走する選手たちは、今回の強化合宿メンバーとほぼ同じなので、レース中の競争も限定的になります。つまり、視覚障がい部門の中長距離トラックレースに出場する選手は極端に少ない上、個々の走力が違うので競い合うこともほぼなく、それぞれが単独走になってしまう……。

特に、トラック競技の中長距離種目にとって、競い合いが成立しないレースは致命的とも言えます(記録を狙うのが難しい)。しかし、逆にトラックレース特有の苦しみや我慢は、最終目標のマラソンにもつながります。どの選手もそれぞれの自己記録更新に向かって、果敢にチャレンジしてくれることを信じております。

2026春を走る・9

【2026春を走る・9】今年も早いもので、GWに入ってきました。そして、ブラインドマラソン強化も恒例の長野県菅平合宿へ……。その長野県菅平高原は、標高が1500m前後の準高地と呼ばれており、多くの長距離・マラソン選手にとって、重要な強化拠点のひとつに位置付けられております。

さて、そんな日本のGW前に開催されたロンドンマラソンで、ケニアのセバスチャン・サウェ選手がついに2時間の壁を突破する「1時間59分30秒」の驚異的な世界記録を達成しました。

この大記録は「人類が夢見てきた記録」であることに違いありません。しかし、今から6年以上前の2019年10月12日、当時の男子マラソン世界記録保持者であったエリウド・キプチョゲ選手(ケニア)が、オーストリア・ウィーンで実施された非公認レースにおいて、すでに「1時間59分40秒2(2時間切り)」の記録を達成しております。

要は、男子マラソンについては、条件(ペーサー・シューズ・コンディションなど)が整えば、いつでも「2時間切り」を達成できるゾーンに入っていた。また、男子の5000mや10000m、あるいはハーフマラソンの世界記録から推察すると、男子マラソンは「1時間58分台」で走れるゾーンにも入っていると言えるでしょうか(安田の主観)……。

また、何度かこのブログにも記載してきましたが、「短距離は素質」で「長距離は努力」と、私も子供のころからそのように教わってきました。しかし、ケニアやエチオピアの黒人選手たちが、本格的に長距離・マラソンに参戦するようになってきた2000年ころからは、この考え方がくつがえってきたと感じます。

つまり、「短距離は努力(技術)」で「長距離は素質(資質)」であると……。

1984年のロス五輪で陸上競技の4冠に輝いたカール・ルイス選手が活躍していた時代、日本の100mは10秒3から4台の記録でした。一方、長距離・マラソンは瀬古利彦選手や宗兄弟、中山竹通選手などが世界のトップ選手と互角以上に渡り合っていました。

あれから40年……。日本の100mは9秒台に突入し、400mリレーにおいては五輪でメダルを獲得するなど、日本人が得意とする「努力(技術)」で世界に追いつきました。一方、長距離・マラソンは、逆に生まれ持った素質(資質)である「身体的・神経的・気質的なベースの差」が顕著になり、もはや努力(技術)だけでは埋めることのできないタイム差が……。

果たして、日本人が再び世界に追いつくためのトレーニング方法は……。

2026春を走る・8

【2026春を走る・8】4月19日日曜日は、「かすみがうらマラソン大会」が開催されました。同大会は今年で36回目を迎え、全国的にも人気のある大会として定着しています。また、1995年の第5回大会からは「国際ブラインドマラソンの部」を設置頂き、こちらも今年で32回を数えております。

同部門の設置翌年、1996アトランタパラリンピックにおいて、全盲クラスの柳川選手が日本人初の金メダルを獲得。それから現在に至るまで、日本のブラインドマラソンは、パラリンピックなど世界の舞台で数々のメダルを獲得してきました。そして、「ブラインドマラソンは日本のお家芸」と言えるまでに成長しました。

このように、ブラインドマラソンの発展をけん引してきた原点は、この「かすみがうらマラソン大会」とも言えるでしょう。あらためて、大会関係者の皆様に厚く御礼を申し上げます。

さて、そんな歴史を重ねてきた同大会ですが、今年は暑さがランナーたちを苦しめました。当日の天気は予報通りの晴れ。気温は、手元の温度計で28度を超えるなど、過酷なコンディションとなりました。

また、この時期は多くのランナーにとって、暑さに慣れていないこともあり、最初から厳しいレースが予想されました……。そして、いつものようにゴール地点で待っていると、脚にけいれんを起こしてゴールしてくるランナーたちの姿が……。

また、今大会のように厳しいコンディションになればなるほど、過去の経験や、その経験に裏打ちされた判断力などが活かされるので、それが成績(特に順位)に直結し易くなります。案の定、ブラインドマラソンの男子優勝は和田選手。女子優勝は藤井選手。どちらも大ベテランの選手でした。

そして、少なくともロスパラリンピックは、酷暑の中でマラソンを走ることは決定しています。つまり、暑さ対策を避けて通ることはできません。と、言いながら年間を通じて暑い場所を転々としながらトレーニングを継続することはできません。身体が壊れてしまいます。

その矛盾とのはざまでロスパラリンピックを目指していくことになります。そして、その対策につながるヒントのひとつは、暑さに慣れていないこの時期の走りです。つまり、暑熱純化ができていないこの時期のマラソンは、それぞれの選手が持っている暑さに対する耐力をある程度正確に把握することができるとも言えます(安田の経験上)。

厳しい暑さとなった今大会の貴重な経験を、これからの夏マラソンに活かしていきます。

2026春を走る・7

【2026春を走る・7】2026年度がスタートしましたが、今年度も千葉県木更津市にある「オーエンススポーツフィールド」様からの依頼で、ランニングクリニックの講師を担当することになりました。同クリニックの講師は今年で5年目に入りました。

具体的な実施回数は、4月から6月の間に3回(前期)、9月から10月の間に3回(後期)の合計6回になります。また、いわゆるランニングクリニックと呼ばれるイベント(教室)は全国各地で開催されており、その内容も大きく変わることはありません(私の経験上)。

つまり、ある程度の競技経験と知識があれば、どなたでも講師を務めることができるとも言えます……。ところが、このようなランニングクリニックの特徴としては、参加人数よりも参加者の年齢や走力に大きな幅がある点が、講師にとっては最大の悩みになると感じます。

私の経験談ですが、マラソンで「2時間30分」を目標にしているランナーと、これから「マラソン完走」を目標にしているランナーを同じ教室で指導したこともあります。このような場合、走力別のグループ分けが求められますが、講師の数に制限がある場合は簡単に対応できません。

また、どのランニングクリニックにおいても、参加者とは初めてお会いする方が圧倒的に多いので、「どんな走力・走歴」で「何を目標にしているか」など、個々の情報を正確に得る時間もありません。要は、ランニングクリニック関係の講師は誰でも簡単にできますが、前述してきたような事例もあり、実は逆に簡単なことではないとも言えます……。

さて、今年度のランニングクリニックは、これまでの経験や実績などを加味し、「40歳以上でジョギング・ランニング経験のある方」に限定させて頂きました。また、募集人数は各回とも20名。これは例年どおりですが、「今年は参加希望者が集まるのだろうか?」……。

4月11日土曜日に第1回のランニングクリニックを開催しました。果たして、参加者は25名。また、前期(6月まで)に実施する残りの2回も全て25名以上の応募があり、「すでに締め切った」とのことで、驚きと感謝です。

かくいう私は、このようなランニングクリニック関係の講師は、もちろん本業ではありませんが、これを本業(職業)にしている方もいます。あらためて、そのような講師に必要な能力は知識や経験よりも、どんな人とも即興で仲良く楽しくできる「コミュニケーション力(人間力)」が、なによりも強く求められます。

今年度も最初のランニングクリニックを何とか終えましたが、私自身もまだまだ修行が足りていないと……。

2026春を走る・6

【2026春を走る・6】新年度最初の強化合宿を千葉県富津市富津公園において実施しました。毎年のことですが、この最初の強化合宿は2週間後に開催される「かすみがうらマラソン大会」に向けた、最後の調整合宿にも該当します。

すでに何度も記載してきましたが、調整の基本は「迷ったら休養」です。

さて、計画通りにトレーニングを消化してきた選手は、疲労が蓄積している状態です。したがって、最終調整の基本は計画通りに練習量を落としながら質は上げていく。そんなイメージでしょうか。

一方、諸事情により、計画していたトレーニングをうまく消化することができなかった選手は、この時点で相当焦りのある状況だったりもします。まさに、「練習を落としていくか否かを迷っている」とも言えるでしょうか。

特に、市民ランナーの方に多いパターンとして、「仕事や家族の事情で走り込みが不足したので、2週間前でも走り込んでおきたい(テストの一夜漬けと同じ発想)」と考えてしまうことです。もちろん、その気持ちは理解できます。しかし、トレーニングの原則(流れ)は「破壊と再生」です。

つまり、トレーニングによって、筋肉などに強い刺激(ダメージ)を与え、そのあとに栄養や休養を取ることで、筋肉はその刺激(ダメージ)を受ける前よりも成長する。要は、目標の2週間前からトレーニング量を増やしていくと、刺激(ダメージ)を受けた筋肉の回復が、逆に間に合わない可能性が高くなると言うことです。

この考え方(超回復理論)は、トレーニングの基本になりますが、目標のマラソン大会が近づくほど、逆にトレーニングの量や強度を上げてしまっているランナーは意外と多いのです(トップ選手も含め)。

日々のトレーニングや強化合宿では、無類の強さを発揮するのに、目標の大会は高確率で失敗している。このようなタイプのランナーに多いのも、上記した「直前までトレーニング量を落とせない」傾向が強かったりしています(私の経験上)……。

どんなにシューズや栄養面が進化しても、最後の調整で間違うと、それまでの努力が水の泡となってしまいます。あらためて、時代が進化していても最終調整の難易度は変わらない……。

2026春を走る・5

【2026春を走る・5】新年度がはじまりました。例年のことながら、どこの会社も新人社員が入り、各学校にも新入生が入ってくる季節です。また、組織の改正や人事異動など、新しい環境でのスタートが多い季節でもあります。

そんな中、ブラインドマラソンの夏合宿でお世話になっている北海道北見市の宿泊ホテルが諸事情により、撤退(廃業)するとの連絡がありました。もちろん、早急に代わりの宿泊先を探す必要がありますが、総勢20数名が1週間以上泊まれる宿泊先を見つけるのは簡単なことではありません。

しかし、今回も北見市教育委員会担当者のお力添えを得ながら探したところ、ブラインドマラソンの夏合宿を受け入れて頂ける、次のホテルを見つけることができました。早速、北見市内にあるそのホテルへ出向き、ホテル担当者と北見市教育委員会担当者で、具体的な打合せなどを行ってきました……。

さて、陸上競技の駅伝やマラソンなどの合宿で宿泊するホテルや旅館などを選定することは、実は簡単ではありません。その主な理由は、合宿するチームや選手からの要望や条件が多岐に渡り、宿泊先との折り合いをつけることが難しいからです。

具体例をいくつかあげてみますが、まずは「食事」です。もちろん、チームや選手によっても要望事項は違いますが、原則として3食付きになります。さらに、食事内容もチームや選手の専属栄養士を通じての具体的な要望事項もあり、予算や食事内容の調整が必須になります。

ふたつめは、「お風呂(洗濯も)」になりますか……。実はこれも各部屋に備わっている場合は例外ですが、旅館などの場合、朝から夜までの間、いつでも入浴できる状態が必須になります。なぜなら、合宿の場合、「朝、午前、午後」の3部練習を実施するからです(洗濯も同様です)。

これ以外にも、宿泊先がトレーニング施設に隣接しているか否かなど、細かい条件を積み上げていくと、かなりの要望事項になるのです。これらの条件を提示し、宿泊先との調整は簡単なことではありません。

今回、北海道北見市における夏合宿でお世話になるホテルが変わりますが、これまでの夏合宿と同じような内容で実施できるめどがつきました。あらためて、ホテルの皆様、北見市教育委員会の皆様に御礼申し上げます。

今年度もロスパラを目標にしっかりと走り込んでいきます!

2026春を走る・4

【2026春を走る・4】今年度最後の強化合宿をいつもの千葉県富津市富津公園において実施しました。今回の強化合宿も前回同様、男子の主力選手たちが揃っていたので、質の高い走り込みができました。

また、今回も順天堂大学の学生選手が、伴走サポートとして参加。そして、創価大学の学生選手も初めて参加頂きました。あらためて、ご理解ご支援頂いている各大学の関係者に厚く御礼申し上げます。

さて、視覚障がい者が走るには、伴走者(ガイドランナー)が不可欠なのはいうまでもありません。しかし、パラリンピックを目標にしている強化指定選手レベルになると、どなたでも伴走ができるとは限りません。

もちろん、視覚障がい選手との相性や背格好が似ているか否かなど、一緒に走る上でのポイントはありますが、何よりも優先されるのは「伴走者の走力」になります。つまり、伴走者の性格や人間性が優れていても、視覚障がい選手をゴールまで確実に導ける走力がなければ、その伴走者を選出することはできないのです。

実は、この点が最も悩ましい点でもあり、逆に国際大会などで大きな失敗をする原因にもなっているのです。つまり、視覚障がい選手は、目から情報を得ることが難しいので、話した印象や単純に走り易さで伴走者を選ぶ傾向が強くなるとも言えます(その結果、伴走者の選定を誤る)。

今回の強化合宿に伴走サポートとして参加した学生選手たちは、走力はもちろん、人間性も素晴らしく、伴走者としての条件を全て満たしています(過去に参加した学生選手たちも)。また、パラリンピックの視覚障がいマラソンは、単独走の選手もいます。したがって、パラリンピックの伴走者は、その選手たちのトレーニングパートナーとしての役割も担います。

強化合宿中は、伴走ロープを持って視覚障がい選手を伴走するのがメインでも、ときにはペーサーとして単独走の選手たちの先導もするのです。実は、ある特定の選手ばかりを伴走していると、伴走者の走力が低下してくるリスクがあります(特に、女子選手の伴走者は)。

それを防止する視点からも、定期的に視覚障がい選手と伴走者とのコンビを入れ替えることなども必要です。具体的には、単独走の視覚障がい選手のペーサーをしたり、伴走者だけのトレーニングを実施したりすることも、強化合宿では不可欠なのです(実際に実施している)。

要は、今合宿のように箱根駅伝を目指している現役バリバリの学生選手たちが、伴走サポートとして参加して頂けることが、視覚障がい選手の強化には欠かすことができません。そして、その伴走サポートが、2028年開催予定のロスパラでのメダル獲得へつながっていくことも、過去の経験と実績からも確かなのです……。

2026春を走る・3

【2026春を走る・3】今回は、2017年に登場したいわゆるカーボン入りシューズ(スパイクも)で、長距離種目の記録がどのように短縮されたかを確認してみます。もちろん、その影響を正確に検証するのでなく、2015年末時点の男子1万メートルの日本歴代20位までの記録と、2025年末時点との比較をしました。

2015年は、男子1万メートルで村山紘太選手が、27分29秒69の日本記録を達成しました(この時、同レースで2位だった鎧坂哲哉選手の27分29秒74も日本記録でした)。また、その記録は2001年に高岡寿成選手がマークした27分35秒09の日本記録を、14年振りに更新しました。

同様に、日本歴代20位の記録は、1998年に渡辺康幸選手がマークした27分46秒39。さらに、日本歴代20位以内の記録には、1980年代に活躍した瀬古利彦選手たちの記録も多数残っていました。参考までに2015年末時点の日本歴代20位以内の記録達成年の平均は、「2003年(2015年とは12年の差)」です。

一方、2025年は、鈴木芽吹選手が、27分05秒92の日本記録を達成しました。同様に、日本歴代20位の記録は、上記した高岡寿成選手の27分35秒09。2025年末時点の日本歴代20位以内の記録達成年の平均は、「2021年(2025年とは4年の差)」。また、2020年以前の記録として残っているのは、上記した2015年末時点の日本歴代上位3選手だけとなりました。やはり、カーボン入りシューズ(スパイク)が、記録に与えた影響は大きいと言えるのでしょう。

そこで、2025年末時点の男子マラソンの歴代20位も調べてみました。

2025年は、大迫傑選手が2時間4分55秒の日本記録を達成しました。そして、日本歴代20位の記録は、柏優吾選手の2時間6分28秒。また、上記した男子1万メートルの記録同様、日本歴代20位以内の記録達成年の平均は、「2023年(2025年とは2年差)」。そして、2020年以前の記録で残っているのは、高岡寿成選手が2002年にマークした当時の日本記録でもあった2時間6分16秒と、2018年にその記録を更新した設楽悠太選手の2時間6分11秒の二つのみ。つまり、男子マラソンは、1万メートル以上にシューズの恩恵がありそうです。

あらためて、2017年に登場したカーボン入りシューズ(スパイクも)は年々進化し、各メーカーから選手の走法に合わせた様々なタイプも登場しています。また、そのシューズを履きこなすための「ドリル(動きつくり)や補強運動(筋トレ)」も進化しており、逆にこちらからのアプローチ定着が、記録短縮に貢献していることも確かです。

さて、かくいう私がカーボン入りシューズを履くことはありません。しかし、ひとつ言えるのは、一足数万円もするカーボン入りシューズ(スパイクも)が飛ぶように売れる今の時代、自分の現役選手でなくて良かった……かな?

2026春を走る・2

【2026春を走る・2】寒暖の差が大きく、まさに三寒四温の天候が続いています。そんな中、いつもの千葉県富津市富津公園において、強化合宿を実施しました。内容的には、いわゆるトラックシーズンに移行する時期とも重なるので、トラックでのスピード練習を重視しました。

また、2月の別府大分毎日マラソン大会からひと月が経ち、出場した選手たちの疲労もほぼ抜けてきました。そんな状況も重なり、今回の強化合宿には、男子選手のトップ5全員がそろいました。

至極当然のことですが、マラソン練習は単独よりも、仲間たちと競い合いながら走り込んでいく方が効果的です。したがって、今回の強化合宿は久々に「切磋琢磨」を、それぞれが体現できた強化合宿となりました。

上記した別府大分毎日マラソン大会を制した百戦錬磨の和田選手が積極的に先頭を走り、20代の大石選手が最後尾を必死に食らい付く……。一般のマラソン練習ならごく普通の何気ないひとコマですが、視覚障がいマラソン(中長距離も)においては、本当に久々の光景でした。

あらためて、視覚障がい者のマラソン人口は少なく、さらにパラリンピックを目標に掲げるような視覚障がいランナーは、国内に数名程度です。さらに、高齢化の波が押し寄せており、ブラインドマラソンの強化体制もいつまで維持していけるのか……悩みはつきません。

そんな綱渡り的な状況が続いていますが、今回のように少ない人数でも直接顔を合わせることができれば切磋琢磨もできるのです。このように、我々が強化合宿に重点をおいている理由はそこにあります。

また、今合宿の後半は、M高史氏にも合流頂き、「ゲタ」による動きつくりも実施することができました。もちろん、視覚障がいランナーにとっても動きつくりは重要ですが、目からの情報(※)を得ることが難しいので、一般ランナーのように「見よう見まね」をしながら体得していくことはできません。※視覚障がいは「情報障がい」と言われるゆえん。

したがって、逆にゲタのように履いて歩くだけで、身体の使い方を体験できる方法は、視覚障がいランナーにとっては最適なのです。今回も、M高史氏(※)のわかり易い指導の下、どの選手たちも積極的に動きつくりに取り組んでいました。※M高史氏は、4月から当協会の強化スタッフに就任します。

2026春を走る・1

【2026春を走る・1】今年度もご縁があって、私が在住する千葉県君津市の「中学校部活動の地域移行テスト事業(陸上競技・中長距離)」をお手伝いしております。もちろん、様々な問題が山積しているので、今年度も市の教育関係者が音頭を取り、それをお手伝いする流れです。

しかし、テスト期間として実施できるのも、来年度までとのことです。つまり、再来年度から本格始動の予定と言うことです。もちろん、あと1年後に学校部活動が地域移行し、クラブチームとして活動することは、現実的には相当難しい……。

では、なぜ難しいのでしょうか?

あらためて、日本の学校部活動について調べてみたところ、実は日本の学校部活動は、世界の研究者から「世界最大のスポーツ指導システム」とも呼ばれているようです。その理由は、その規模だそうです。

日本では中学校・高校の部活動の顧問は、ほぼ全てが学校教師です。中学・高校の教員は約47万人ほどいるそうですが、そのうちかなりの割合が部活動顧問をしています。推計では、約20万から30万人が何らかの部活指導に関わっているようです。これは、プロコーチ・クラブ指導者などを含めてみても、世界でも最大規模だそうです。

さらに日本の学校部活には「大会ピラミッド」があります。中学生なら県大会、地区大会、全国大会などです。そして、これを運営しているのが、日本中学校体育連盟です。同様に、高校では全国高等学校体育連盟が運営しています。つまり学校単位で全国競技システムが存在しているのです。

日本では「野球、陸上、バレー、卓球、バドミントン」など多くの競技が学校部活からはじまると言っても良いでしょう。これは世界的には、本当に珍しい構造だそうです。そして、この制度が成立した最大の理由はコストが低いことと、言われています。なぜなら「指導者は教師」「施設は学校」だからです。要は、国家的な巨大スポーツシステムが低コストで運営されていたとも言えます。

まさに地域移行が難しい理由とは、この巨大システムをゼロから作り直すことになるからでしょうか。また、それに不可欠なものは「指導者、運営者、施設、財源」などです。そして、言うまでもなく、これらは全て簡単にそろえることができません(同時にそろえるのは、ほぼ不可能)。

日本の部活動は「青少年スポーツ参加率、競技レベル、全国大会」の点で、世界的に見ても非常に成功した制度と言われている所以でもあるのでしょう。ただし、「成功しすぎて代替システムが存在しない」という大きな問題があるのも確かです。つまり、たかだか数年程度で、それらの問題を解消し、地域移行にすることは……。

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