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2025冬を走る・1

【2025冬を走る・1】2025年も12月を残すのみとなりました。そして、今週末は防府読売マラソン大会が開催予定です。同大会は、第26回日本視覚障がい女子マラソン選手権大会も兼ねていることから、パラリンピックを目指す男女のブラインド選手たちも出場します。皆様のご声援をお願い申し上げます。

さて、同日は福岡県において、「福岡国際マラソン2025」も開催予定です。同大会は、かつての「福岡国際マラソン選手権大会」を、運営体制を一新した後継大会として2022年から12月の第1日曜日に開催している大会です。また、便宜上、2021年までの大会を「第1期」、2022年以降の大会を「第2期」と、区別する場合もあるようです。

実は、私もその福岡国際マラソンの第1期(1990年代)で走った経験があります。当時は、マラソンを志すランナーたちにとっては憧れの大会でした。その参加資格も「大会前1年以内に2時間26分以内の公認記録を有する者」と、当時の実業団選手たちにとっても、かなりハードルの高い大会だったと記憶しております(出場選手も毎年100名前後だった)。

私は、1991年大会にはじめて出場しましたが、当時は夜勤もある勤務をしながら市民ランナーとして走っていました。また、はじめて出場した憧れの福岡国際マラソンでしたが、幸い当時の青東駅伝で知り合った神奈川県代表のY選手(高校教員)も出場しており、目標タイムも同じだったことから、一緒に「2時間20分突破」を目指して走ることにしました。

大会当日、スタート直後からY選手と並走してゴールを目指しました。また、同じ目標タイムを狙った選手が他にもいたので、自然と5名程度の集団になっていました。そして、30k地点を通過したとき、そのラップタイムを確認すると、目標タイムから10数秒遅れていました。

その直後、Y選手が前に出てペースを上げましたが、そのペースについていけたのは35k付近まで……。それでも自分なりに粘り抜き、何とか平和台陸上競技場に戻ってきました。その入口からゴールまで約500mですが、視界に飛び込んできたのは、ガッツポーズでゴールするY選手の後ろ姿でした。そして、ゴール脇にある時計に目を移すと、「2時間19分台」。

私も最後のトラック1周を何とか走り切り、「2時間21分台の自己新記録(当時)」でゴールすることができました。ゴール後、Y選手と健闘をたたえあいましたが、何とも言えない悔しさがこみ上げてきたのを、今でも記憶しております……。

あらためて、どんなレベルのランナーでも、マラソンに挑戦するときは必ず目標タイムを設定し、そのためのペース配分を計算してスタートします。その目標タイムが、サブスリー(3時間突破)やサブフォー(4時間突破)など、どの大会においても公式ペーサーが準備される可能性の高い目標タイムなら問題ありませんが、3時間21分とか2時間23分などの場合、どのように走るか(戦術)を、あらかじめ考えておく必要があります。

もちろん、スタート直後から1k毎にペースを確認し、単独走でゴールまで押し切れるなら問題ありませんが、実際のマラソンにおいて、そんな完璧なランナーを拝見したことはほとんどありません(単独走の多くは途中で失速する)。したがって、同じマラソン大会に出場する自分と同レベルのランナー情報を集めておくことは、必須事項とも言えるでしょう。

私が福岡国際マラソンを走っていた当時は、携帯電話やメールなどは普及していない時代でしたが、今は逆に様々な情報があふれています。それらの情報をどこからどのように集め、どうやって活用していくかは個々の考え方次第ですが、マラソン攻略方法の重要事項になっている点は今も昔も変わりません……。

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