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安田享平のランニングライフ

2025冬を走る・4

【2025冬を走る・4】12月20日、日本体育大学健志台陸上競技場において、日本体育大学女子長距離記録会(男子5000mも一組ある)が開催されました。また、同記録会はWPA公認大会の手続きをすることで、日本ブラインドマラソン協会の強化指定選手も参加できる貴重なWPA公認大会のひとつにもなっております。

また、同記録会は日本体育大学陸上部の学生諸君が管理・運営(審判など)を全て担っており、好記録が続出する記録会としても定着しています。

一方、WPA公認大会としての条件に「ドーピング検査の実施」があります。しかし、そのためのハードルは意外と高く、検査専用部屋の準備や専用器材の管理、隔離された検査用トイレの確保など、クリアしなくてはいけない条件は多岐にわたります(WPA公認を得ることは簡単ではない)。

それらの厳しい条件を全てクリアするための全面的なご協力を、今年も日本体育大学陸上部の皆様から頂くことができました。本当にありがたいことです。あらためて、御礼申し上げます。

そんな中、男子ブラインド選手は、今年の上位選手がほぼ出場しました。特に、T11クラスの唐澤選手とT12クラスの堀越選手は今季自己最高記録をマーク。唐澤選手の記録は、今季世界ランキング1位に輝く好記録でした。

また、同記録会は、日程上の関係から防府読売マラソンから2週間後に開催されます(毎年同じ)。したがって、同マラソンを走ったばかりの選手も出場しました。ところが、マラソンを走った2週間後にトラック記録会を走る一般の実業団選手は、ほとんどいません。

もちろん、レースに出場するための絶対的なトレーニング理論や絶対的な調整方法などは存在しません。その多くは、先人たちが残してきた経験や実績を後追いで理論化し、正当化していったトレーニング方法が、現場のノウハウとして広く浸透したものだと考えております(安田の主観)。

かつて、川内優輝選手が週末ごとにマラソンレースを走っていくトレーニング方法で、それまでの常識を覆す「現状打破」を実践し、多くの記録と実績を積み上げていきました。我々も常識という呪縛に取りつかれない発想を大切にし、来年もたんたんとロスパラを目指していきます。

2025冬を走る・3

【2025冬を走る・3】先日の12月14日は、奈良マラソンが開催されました。そして、同大会の女子マラソンの部は、私がコーチしている山口遥選手が7連覇を達成することができました。たくさんの応援ありがとうございました。

さて、奈良マラソンは、2010年からはじまった大会です(詳細は割愛します)。当時、マラソン関係の恩師から「第1回奈良マラソンに選手を派遣してほしい」と、打診されました。ちょうど、私がコーチしている市民ランナーの中で、2時間50分以内で走れる女性市民ランナーが数名したので、その方々を招待選手として派遣しました。

もちろん、私も第1回大会に帯同しました。現地入りしてコースを確認すると、「まるでジェットコースターのような起伏」が連続するコースに驚きました。当時は、「これだけ厳しいコースだと参加者は集まらないのでは?」とも思いましたが、今では全国的にも人気のある大会へ……。

今年で16回目となりましたが、ありがたいことに第1回大会から途切れ目無く選手(招待選手)を送り出せております。まさに、奈良マラソンと共に成長してきたとも言えます。あらためて、大会関係の皆様に感謝申し上げます。

今大会において、山口遥選手が7連覇を達成しましたが、私の選手(市民ランナー)が初優勝したのは、第5回大会(2014年)になります。そのときの優勝も山口遥選手でした。第1回から招待選手としてお招き頂いてきたのに、大会関係者に優勝で恩返しができたのは、第5回大会だったのです。

ところが、第6回大会から再び優勝からは遠ざかり、次の優勝は第9回大会(2018年)の山口遥選手でした。そして、山口遥選手は今年の第16回大会において7連覇を達成するまでに……(第11回大会は中止)。

コーチの私から話すのもおこがましいのですが、連覇を重ねていくことや何年も連続で同じことを継続していくことは相当難しく、最も価値のあることのひとつだと考えております。その理由は多々ありますが、最も偉大な点は「心と体の健康」を長期間にわたって維持している点でしょうか。

私の主観ですが、何事も2年連続(連覇)までは無欲で達成できます。しかし、3年連続以上になると、プレッシャーが一気に高まり、これまでと同じことを継続していくことが格段に難しくなっていくのです。

同様に、自分自身が継続しているつもりでも(したくても)、自分を取り巻く環境はどんどん勝手に変化していくので、結果的には同じことを継続していくことの難易度は年々上がっていきます。そして、継続していくことの難しさから心のバランスを崩すケースも多く、その悪影響は肉体面(日々の練習)にも伝播していくパターンが多いとも感じます(そして、静かに消えていく……)。

そんな視点から考察しても、7連覇を達成した山口遥選手はアッパレと言えるでしょう!

2025冬を走る・2

【2025冬を走る・2】今年の防府読売マラソン大会は、男子の大会新記録が出るなど、記録ラッシュの大会となりました。おかげさまで、ブラインドマラソンの部(IPC登録)においても、3選手が自己新記録を達成しました。

まずは、大会開催にご尽力頂いた関係者の皆様に厚く御礼申し上げます。

さて、今大会の中で、パラリンピック知的障がいクラスの高山選手が、そのクラスの世界新記録を達成しました。高山選手は山口県の選手で、この防府読売マラソン大会は、毎年のように出場しています。そして、地元で開催される同大会での世界記録達成は悲願だったことでしょう……。

そんな高山選手は、トラックよりもロード。そして、ハーフよりもマラソンと、距離が長くなるほど、強さを発揮している選手です。ところが、パラリンピック種目を確認すると、知的障がい選手は、男女ともトラックの1500mまでしかなく、長距離・マラソンは実施種目から外れています。

同様に、東京で開催されたデフリンピックに出場した聴覚障がい選手たちもパラリンピックに出場することはできません(聴覚障がいはパラリンピックから外れている)。このように、パラリンピック出場を目指す上で最も重要なことは、自分の専門種目がパラリンピックで実施される種目に該当するか否かの確認こそが、何よりも優先されます。

例えば、視覚障がいクラスの中長距離種目においても、トラックの男子5000mは実施種目ですが、女子5000mは実施されません(1500mとマラソン)。同様に、2024パリパラで実施された種目でも、2028ロスパラから外されることになった種目もあります……。

あらためて、ひと昔前と違い、パラスポーツも大きな注目をされるようになりました。これにより選手たちのモチベーションも大きくなったのは間違いありません。本当にありがたいことです。

一方、上記したように「自分たちの種目がパラリンピックから外されるかもしれない?」と、選手たちはもちろん、パラ強化活動に携わっている関係者も常に戦々恐々としているのも、また事実なのです(外されれば全てリセットされます)。

と言いながら、パラ強化活動を継続していくためには自己記録を更新していくことが、最重要な点は今後も不動です。今大会において、高山選手が見せた「世界記録更新を狙った攻めの走り」を、ブラインド選手たちも見習わなくてはいけない……。

2025冬を走る・1

【2025冬を走る・1】2025年も12月を残すのみとなりました。そして、今週末は防府読売マラソン大会が開催予定です。同大会は、第26回日本視覚障がい女子マラソン選手権大会も兼ねていることから、パラリンピックを目指す男女のブラインド選手たちも出場します。皆様のご声援をお願い申し上げます。

さて、同日は福岡県において、「福岡国際マラソン2025」も開催予定です。同大会は、かつての「福岡国際マラソン選手権大会」を、運営体制を一新した後継大会として2022年から12月の第1日曜日に開催している大会です。また、便宜上、2021年までの大会を「第1期」、2022年以降の大会を「第2期」と、区別する場合もあるようです。

実は、私もその福岡国際マラソンの第1期(1990年代)で走った経験があります。当時は、マラソンを志すランナーたちにとっては憧れの大会でした。その参加資格も「大会前1年以内に2時間26分以内の公認記録を有する者」と、当時の実業団選手たちにとっても、かなりハードルの高い大会だったと記憶しております(出場選手も毎年100名前後だった)。

私は、1991年大会にはじめて出場しましたが、当時は夜勤もある勤務をしながら市民ランナーとして走っていました。また、はじめて出場した憧れの福岡国際マラソンでしたが、幸い当時の青東駅伝で知り合った神奈川県代表のY選手(高校教員)も出場しており、目標タイムも同じだったことから、一緒に「2時間20分突破」を目指して走ることにしました。

大会当日、スタート直後からY選手と並走してゴールを目指しました。また、同じ目標タイムを狙った選手が他にもいたので、自然と5名程度の集団になっていました。そして、30k地点を通過したとき、そのラップタイムを確認すると、目標タイムから10数秒遅れていました。

その直後、Y選手が前に出てペースを上げましたが、そのペースについていけたのは35k付近まで……。それでも自分なりに粘り抜き、何とか平和台陸上競技場に戻ってきました。その入口からゴールまで約500mですが、視界に飛び込んできたのは、ガッツポーズでゴールするY選手の後ろ姿でした。そして、ゴール脇にある時計に目を移すと、「2時間19分台」。

私も最後のトラック1周を何とか走り切り、「2時間21分台の自己新記録(当時)」でゴールすることができました。ゴール後、Y選手と健闘をたたえあいましたが、何とも言えない悔しさがこみ上げてきたのを、今でも記憶しております……。

あらためて、どんなレベルのランナーでも、マラソンに挑戦するときは必ず目標タイムを設定し、そのためのペース配分を計算してスタートします。その目標タイムが、サブスリー(3時間突破)やサブフォー(4時間突破)など、どの大会においても公式ペーサーが準備される可能性の高い目標タイムなら問題ありませんが、3時間21分とか2時間23分などの場合、どのように走るか(戦術)を、あらかじめ考えておく必要があります。

もちろん、スタート直後から1k毎にペースを確認し、単独走でゴールまで押し切れるなら問題ありませんが、実際のマラソンにおいて、そんな完璧なランナーを拝見したことはほとんどありません(単独走の多くは途中で失速する)。したがって、同じマラソン大会に出場する自分と同レベルのランナー情報を集めておくことは、必須事項とも言えるでしょう。

私が福岡国際マラソンを走っていた当時は、携帯電話やメールなどは普及していない時代でしたが、今は逆に様々な情報があふれています。それらの情報をどこからどのように集め、どうやって活用していくかは個々の考え方次第ですが、マラソン攻略方法の重要事項になっている点は今も昔も変わりません……。

2025秋を走る・13

【2025秋を走る・13】12月7日に開催予定の防府読売マラソン大会に向けた最後の強化合宿を実施しました。大会当日から逆算すると、ちょうど2週間前になります。具体的なトレーニング内容は割愛しますが、調整期の真っ只中に位置する強化合宿でした。

あらためて、目標のマラソンに向けたトレーニング計画の要に位置するのは、2~3週間前のいわゆる調整期でしょうか。もちろん、3~4ヵ月前からはじめたマラソントレーニング全てが重要なのは言うまでもありませんが、マラソン後の反省点として語られるのは、「調整期の失敗」に集中しているのも確かです(私の経験上も)。

既に、何度も記載してきましたが、その調整期のポイントは「量を落としながら質を上げていく」になります。もちろん、今回の強化合宿もその流れに沿ったトレーニングになりました。

ところが、この調整期を一括りにすることができない点が、調整の難しいところとも言えます。具体的には、トレーニング量(走行距離)を落として行っているにもかかわらず、「疲労が抜けず、調子が上がってこない」とか、「逆に、一気に調子が上がり、そのピークが早く来た」などなど……。

要は、「走り込み期(たくさん走る)=頑張る」から「調整期(疲れを抜いていく)=頑張らない」へシフトしていく方が、実は自分自身の調子をコントロールしていくのは難しとも言えるのでしょうか。

ここで、車の運転に例えて考えてみます。具体的には、走り込み期を上り坂の運転、調整期を下り坂の運転に見立てて比較していきます。まずは、上り坂を運転する場合、アクセルから足を離すと車は上れなくなるので、ほとんどアクセルを踏みっぱなしです。

一方、下り坂の場合、出過ぎるスピードをコントロールするため、アクセルよりもブレーキを踏む回数が多くなります。しかし、ブレーキを踏み過ぎると、ブレーキそのものが故障するリスクも高まります。したがって、エンジンブレーキも使いながら出過ぎるスピードをコントロールしていく必要があります。

つまり、一般的には上り坂(走り込み期)よりも、下り坂(調整期)の方が、運転技術はより高度になります。さらに、下り坂(調整期)の方が、ブレーキなどへの悪影響(調整期の場合は風邪をひくなど)を考慮しながら運転する必要もあります。

このような見立てで考えると、調整期の捉え方やそのポイントにつながるヒントを、見つけることができるかもしれません……。

2025秋を走る・12

【2025秋を走る・12】11月15日土曜日は、千葉県木更津市にあるオーエンススポーツフィールド陸上競技場において、「オーエンストラック競技記録会」が開催されました。いわゆる陸上記録会です。

この記録会は、地域の中学や高校の陸上部がメインとなる地元密着型の記録会です。したがって、千葉県富津市富津公園を練習拠点にしている我々のクラブチームも毎年出場しております。もちろん、中学生や高校生の中に、ひときわ年齢の高いマスターズ選手が便乗しているようなイメージになりますが……。

大会関係者の皆様、いつもありがとうございます。

さて、陸上記録会と言えば、各大学で開催されている長距離記録会が一般的でしょうか。そして、近年はそれらの記録会に中学生から実業団までのトップ選手たちが集い、好記録を連発している流れがすっかり定着しています。

具体的には、日中の暑さを避け、涼しくなってくる日没後にスタート時間を設定します。さらに、目標タイム別に組み分けをし、その組ごとにペーサーを付けて記録を狙うのです。例として、5000mで15分突破を狙う組には、400mを72秒でキッチリと刻めるペーサーがレースを引っ張ります。

したがって、レース中の駆け引きなどはほとんど無く、とにかくそのペースに最後まで付いていくだけです。例えると、流れるプールに身を任せ、その中を泳いでいるイメージでしょうか。もちろん、大学記録会の多くは国際陸上競技連盟(IAAF)や日本陸上競技連盟が定めたルールや基準に従って行われる大会なので、その記録は公認されます。

特に、この時期は箱根駅伝に向け、「〇〇大学の〇〇選手が自己記録を更新した」など、多くの情報が飛び交います。ところが、その好記録を引提げて箱根駅伝に挑むのですが、額面通りに快走できる選手は意外に多くないと感じるのは、私だけでしょうか。

つまり、上記したような条件の整った記録会で自己記録を更新できても、実際の駅伝は昼間に開催されます(ナイター箱根駅伝は存在しない)。もちろん、区間ごとにコースや距離も違い、タスキを受け取る順位やライバルチームとのタイム差も常に違います。要は、選手は速さよりも強さを試されます(どんな状況下でも単独走ができる選手)。

これから年末に向け、千葉県富津市富津公園においても、箱根駅伝に出場する大学や選手たちが走り込んでいる姿を多く拝見するようになります。そして、各大学のノウハウで、記録会仕様から駅伝仕様に切り替えていく調整が進んでいきます。

駅伝ファンのひとりとしては、とても楽しみな駅伝調整期に入っていきます……。

※11月16日に開催された神戸マラソンにおいて、日本ブラインドマラソン協会・強化スタッフでもある弓削田眞理子氏(67歳)が、「2時間59分2秒」の驚異的な年代別世界記録を達成しました。おめでとうございます!

2025秋を走る・11

【2025秋を走る・11】いつもの千葉県富津市富津公園において、11月8日から4泊5日の日程で強化合宿を実施しました。また、今回の強化合宿は、来月7日に開催される「防府読売マラソン大会」のちょうど1ヵ月前に当たります。

あらためて、あるマラソン大会を目標にした場合、多くの選手は3~4ヵ月前から準備(走り込み)に入ります。そして、我々もその流れを基準に年間トレーニングを計画し、多くのマラソン大会にトライしています。

もちろん、このトレーニング方法が絶対ということはありません。何度も話してきましたが、トレーニングの目的で重要なポイントのひとつは、「レースでの再現性」です。特に、マラソンは競技の特性上、当日の天候(コンディション)やライバル(レース展開)などに記録や成績は大きな影響を受けます。したがって、無欲で挑んだ初マラソンでの好記録や優勝など、最初から好成績を残す選手もいます。ところが、2回目以降のマラソンでその再現を、コンスタントにできている選手は驚くほど少ないとも感じます……。

さて、話を元に戻すと、我々は「防府読売マラソン大会」を目標に走り込んでいます。そして、その大会のちょうど1ヵ月前の強化合宿を実施しました。内容的には、走行距離にこだわる最後の強化合宿になります(我々のトレーニング計画上においては)。そして、この先は走行距離を落としながらトレーニングの質を上げていき、調子を上げていく段階に入ります。いわゆる調整期に入っていきますが、キチンとした設定タイムというよりも、これまでの経験とそのときの調子や感覚を重視していくことが、ひとつのポイントになります(数値に表せない部分)。

具体例として、サブスリーを達成するためには、1kを「4分16秒ペース」で走り切る必要があります。しかし、疲労が残っている中で走った距離走が「4分30秒ペース」だったとしても、調整(疲労を抜く)していけば、「4分16秒ペース」で走れる。つまり、疲労が残っている状態での「4分30秒ペース」と、疲労が抜けた状態での「4分16秒ペース」は同じペース感覚であると、自らが理解しているか否かがポイントになります(その経験をしているか否か)。

また、この感覚をつかめていないと、疲労が残っているにもかかわらず、常に目標の「4分16秒ペース」が設定タイムの絶対条件となり、どこかで練習を継続できなくなっていくリスクが高まります(ケガや故障もする)。これは「ゆとりを持って走り込む」にも通じることですが、この疲労の有無を正確に把握できるか否かの感覚(経験)は、走力に関係なく、調整期の重要なポイントになると考えます……。

2025秋を走る・10

【2025秋を走る・10】11月1日からの3連休は、全国各地でマラソン大会や駅伝大会が目白押しでした。そんな中、11月2日は大阪長居公園において、全国視覚障がい者駅伝大会も開催されました。また、同大会はブラインドランナーたちの駅伝に対する情熱や、関係者のご理解とご支援のおかげで、28回目を開催することができました。あらためて、御礼申し上げます。

さて、11月2日は全日本大学駅伝がテレビ中継されていました。同駅伝は8区間106.8kと、5時間以上も走り続ける駅伝です。しかし、駅伝ファンのひとりとしては、最初から最後まで見入ってしまいます。これが、まさに駅伝の魅力なのでしょう……。

優勝は駒澤大学でしたが、どの大学も力を出し切った素晴らしい駅伝でした。また、各区間においては、2区で区間タイ記録。そして、5区と7区で区間新、8区では日本人区間最高記録と、好記録の多かった駅伝大会だったでしょうか。

それでは、今回も勝手ながらそれらの区間を、1kと5kペースに換算して比較します。

2区は、帝京大学の楠岡選手が「11.1k=31分1秒」。1kと5k換算は「2分48秒と13分58秒」。5区は、駒澤大学の伊藤選手が「12.4k=35分1秒」で「2分49秒と14分7秒」。7区は、青学大の黒田選手が「17.6k=49分31秒」で「2分49秒と14分4秒(ハーフに換算すると59分21秒)」。8区は、早稲田大学の工藤選手が「19.7k=56分54秒」で「2分53秒と14分26秒」。

参考までに上記した4選手が、先月の出雲大学駅伝で残した成績も確認してみました。

楠岡選手は1区で区間3位、「8k=23分36秒」。1kと5k換算は「2分57秒と14分45秒(超スローペースだった)」。伊藤選手は2区で区間2位、「6.2k=17分29秒」で「2分49秒と14分6秒」。黒田選手は6区で区間1位、「10.2k=29分15秒」で「2分52秒と14分20秒」。工藤選手は6区で区間3位、「10.2k=29分48秒」で「2分55秒と14分36秒」。

4選手とも出雲大学駅伝から区間距離が長くなっているにもかかわらず、区間記録が速くなっているのは驚きです(伊藤選手は倍の距離をほぼ同じ)。また、このブログにも記載しましたが、「ひと区間の距離が5kから20k程度までの駅伝においては、その区間距離に関係なく選手の走っているスピードはそれほど変わらない」。

もちろん、一般の市民ランナーは距離が長くなるほど、走るペースは確実に遅くなっていきます。しかし、トレーニング方法によっては上記したような走力(能力)が備わってくる点は事実であり、そこにはトップ選手強化の蓄積されたノウハウなどがあるのでしょう……。

2025秋を走る・9

【2025秋を走る・9】季節が秋を飛び越え、一気に冬よりへ移ってきた感じでしょうか。まさに風邪やインフルエンザが猛威を振るう季節にも入ってきました。至極当然のことですが、体調管理には十分注意していきましょう。

さて、いつもの千葉県富津市富津公園において強化合宿を実施しましたが、次のターゲットとなる大会は12月の「防府読売マラソン」です。そして、その大会から逆算すると、今回と11月上旬の強化合宿までは最も走り込む時期に該当します。

あらためて、シューズ革命(カーボン入りシューズの登場)の後は、マラソンの記録は一気に速くなり、そのシューズを履きこなすためのノウハウも蓄積されてきました。したがって、マラソンを攻略するために、月間走行距離を増やしていくような走り込みを否定していくような時期もありました。

ところが、シューズの恩恵も一巡(?)すると、逆にカーボン入りシューズ特有の故障やケガに悩まされるランナーたちも増えてきました。すると、今度は再び「走り込み論」が台頭してきた感もあり、「しっかりと走り込んでマラソンに挑む」従来のスタイルへ回帰しているような……。

要は、カーボン入りシューズに負けない脚力などは、補強運動(筋トレなど)や動きつくり(ドリルなど)でもある程度補えますが、マラソンを走り切るために必要な脚力は走り込んで鍛えていくのが最も効果的だと……。

また、スタミナ(持久力)をアップさせるには、長時間動き続けるしかその攻略方法が見当たらないのも、マラソンの難しいところとも言えるでしょうか(技術的ではない)。つまり、上記したような動きづくりや補強運動を毎日継続し、フォームが改善されたとしても、スタミナが無ければマラソンを走り切ることすらできないのです。

そして、この考え方はいつの時代も変わらず、マラソンを目指した走り込みは「手間と時間」がかかります。また、一度身につけたスタミナも、サボればすぐに抜けていきます。つまり、どんなに速いランナーも、コンスタントに走り込みを継続していないと、マラソンの安定したパフォーマンスは残せないのです。

そこがマラソン競技の残酷な部分でもあり、「誰もが平等にチャレンジできる魅力」でもあるのでしょうか……。

2025秋を走る・8

【2025秋を走る・8】先日の土曜日は箱根駅伝予選会、日曜日はレガシーハーフマラソンと、注目の大会が開催されました。特に、箱根駅伝予選会は今年も天国と地獄が隣り合わせになった厳しいレースでした(安田の感想)。

そして、その箱根駅伝予選会のトップ通過は「中央学院大学」。一方、無念の11位となったのは「法政大学」でした。また、どちらの大学も千葉県富津市富津公園で最後の調整をしていたので、個人的にはどちらの大学も応援していました……。

さて、箱根駅伝予選会終了後、ネットニュースがたくさん掲載されていました。もちろん、中には興味深い内容の記事もありました。特に、中央学院大学の川崎監督のコメントはとても参考になりました(同監督のコメントはいつも参考にしております)。

具体的には、箱根駅伝予選会を攻略するためには必須とも言われている「集団走」を、川崎監督は「今回は選択しなかった」。また、「今の子たちはすきなようにやらせた方がのびのびできる」。同時に、「3番以内通過を目標にするならトップを取るつもりで走れ」とも言い続けていたようです。要は、好きなようにさせながらしっかりと手綱をしめていた。

一方、法政大学の坪田監督は、レース直後のテレビインタビューに対して「たぶん大丈夫」とコメントしてました(私もテレビ中継の中で耳にしました)。もちろん、ゴール地点の中継を拝見していると、そう感じた駅伝ファンの方も多かったのでは……。

川崎監督はご存知のとおり、1985年に順天堂大学を卒業するのと同時に、中央学院大学の常勤助手となり、駅伝部コーチに。そして、1992年監督に就任し、1994年に箱根駅伝へ初出場を果たす。今では同大学を箱根駅伝常連校にまで育て上げた名監督です(今の箱根駅伝においては、数少ない「たたき上げの監督」)。

あらためて、どの大学も箱根駅伝予選会通過を想定した戦略に沿った日々のトレーニングと、予選会通過を想定した当日の戦術で勝負します。その指揮を担う各大学の監督は、想像を絶するプレッシャーを背負いながら挑んでいるに違いありません。

「過去の実績に沿った戦術で挑むのか?」。川崎監督のように、「過去の成功体験を白紙に戻して挑むのか?」。もちろん、どちらの戦術が良し悪しかを決めることはできません。しかし、長く携わってきた人(監督)には、その判断(直感)を正しくできる何かがそなわっているのは確かなようです……。

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