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富津合同練習会

2024秋を走る・5

【2024秋を走る・5】先日の5日土曜日から4泊5日の日程で、いつもの千葉県富津市富津公園において強化合宿を実施しました。また、厳しい残暑が続いていましたが、急に寒暖の差が大きくなってきました。

さて、今回の強化合宿は、これまでのトレーニングパターンを少し変更し、きつくなる方向へ調整しました。詳細は割愛しますが、最終日まで参加した選手たちは、問題なく計画どおりに走り切ることができました。

また、我々が32k走を実施した日は、地元(君津市と富津市)の中学校駅伝大会と一緒になりました。実は、強化合宿や練習会などで走っている富津公園内の周回コースは地元中学校の駅伝大会と同じコースになっています。

このコースは1周2.8kで、中学生たちはひとり1周ずつ走り、6名でタスキをつないでいきます。そして、この周回コースでの駅伝大会は、私が中学生時代から変わっていません。したがって、少なくとも40年以上はこのコースで走り続けているのです(数年間、開催場所が変わった時期もあったが……)。

実は、私が走るきっかけになったのも中学3年生時に、このコースで駅伝を走ったからでした。今回、久々に母校の後輩たちがこのコースでタスキをつなぐ姿を拝見し、40数年前を思い出すことができました。

また、今回の同駅伝大会には、いわゆる全日中の3000mに出場した選手もいたので、どんなタイムで走るかを注目していました。そして、4区に登場したその選手はタスキを受け取ると、まさに飛ぶような走りで目の前を駆け抜けていきました。

果たしてそのタイムは……。

惜しくもコースレコードを達成することはできませんでしたが、私の知る限りでは歴代上位に入るような好タイムでした。実は、この大会のコースレコードは私の2学年下だった選手が保持しています(この後、私もその選手も実業団まで走り続けました)。

つまり、40年以上もその記録は破られていないことになります。当時、その選手は全国的にも活躍し、ジュニアオリンピック大会の3000mで優勝もしました。と、言いながらも当時とはトレーニング方法やシューズなどが大きく変わり、単純に比較することが難しくなりましたが……。

もちろん、当時がすごいとか、今が良いとかを指摘しているのではありません。今回、この富津公園でタスキをつないだ中学生たちが、この先も切磋琢磨しながら長く走ってほしいと……。

2024秋を走る・4

【2024秋を走る・4】10月に入りましたが、30度を超える日がこれからもありそうです。至極当然のことながら本格的なマラソンシーズンに向けた走り込み期に入っているにもかかわらず、距離走自体がまるで夏マラソンのようです。

と、言いながらも富津合同練習会では予定どおり、40k走を実施しました。当日は、気温が30度に到達することがなかったので、速いグループのランナーたちは、何とか設定タイムどおりに完走することができました。しかし、準備した給水は途中で完売するなど、まさに夏マラソンのようでした。

そんな中、前週と同じように、箱根駅伝予選会に出場する大学を4校見かけました。しかもその4校とも予選会突破有力大学でした。そして、その内の3校は16kを速いペースで走っていましたが、3校とも一糸乱れぬ集団走を最後まで崩すことなく走り切っていました。

さて、スポーツには出場するだけで、高い評価を得ることができる大会が存在します。その最も代表的なのは「オリンピック」でしょう。同じように長距離では、箱根駅伝やニューイヤー駅伝など、ある意味においてはオリンピック以上の注目を集めることもあります。まさに日本独自の伝統とも言えるでしょうか。

特に、箱根駅伝に出場することは、大学もその選手も国内では間違いなく注目されます。その盛り上がりは、年々エスカレートしていくばかりです。そして、今では箱根駅伝予選会もテレビ中継されるまでになっています。

その箱根駅伝のシード権を持っている大学の中には、優勝を目標に掲げている大学や選手がいます。そして、予選会には箱根駅伝に出場することを最大の目標に掲げている大学や選手がいます。

しかし、箱根駅伝で4連覇を達成したとしても、その大学の箱根メンバーとして一度も本線を走ることがなければ、箱根駅伝を走ったこと(参加したこと)にはなりません。一方、予選会をギリギリで通過し、本戦では繰り上げスタートになった選手でも箱根駅伝を走った事実は永久に残ります。

長距離に長く携わっていると、過去に出場した箱根駅伝の順位(母校の成績)よりも、箱根駅伝を走ったか否かを問われることが多いと感じます。特に、その選手が年齢を重ねていけばいくほど、箱根駅伝を走ったことの価値が高まっていくような時代に……。

優勝チームに所属し、最後まで切磋琢磨したが、一度も箱根駅伝を走れなかった選手。一方、何とか予選会を突破し、繰り上げスタートになりながらも箱根駅伝を走った選手。価値観は個々に違いますが、目標を「箱根駅伝の優勝」か「箱根駅伝の出場」かの選択によっては、その後の人生にも大きな影響を与えることは確かなようです。

要は、身の丈にあった「目標の設定(大学の選択)」ができるか否かは、何よりも優先されると言うことでしょうか……。

2024秋を走る・3

【2024秋を走る・3】パリパラが終わりましたが、次の大会に向けた強化合宿をいつもの千葉県富津市富津公園にて実施しました。また、12月以降のマラソンに向け、本格的な走り込みをはじめていく時期でもありますが、厳しい残暑がそれを阻んでいます。

もちろん、マラソンだけでなく、駅伝シーズンにも入っていく季節です。そして、強化拠点にしているこの富津公園は、箱根駅伝を目指す大学や五輪を目指す実業団選手たちが走り込みを実施する場所でもあります。

今回、我々が強化合宿を実施している間も、来月に迫った箱根駅伝予選会突破を目指している大学も合宿をしていました。中でも今年の予選会突破有力大学と言われている某大学が、16k走を実施しました(TV撮影も入っていた)。

ところが、当日は厳しい残暑日となり、曇っていたが気温は30度前後。何よりも湿度が80%を超えていました。経験的に言うなら5kを超える距離をレースペース同様に走るには厳しいコンディション。しかし、箱根駅伝予選会当日から逆算すると、ちょうど1ヶ月前。したがって、16k走を実施するタイミングとしては問題ありません。

その設定タイムなどの詳細は割愛しますが、最初の5kを速めのペースで入り、次の5kを少し落とし、10k以降はペースを上げていく設定だったようです。もちろん、その設定タイムも通常なら問題ないと感じました。

果たしてコーチが最後の指示を出し、20名前後の選手たちがスタート。ところが、当初の設定タイムで集団を維持できたのは3k付近まで。その後は集団が完全に崩壊……。そして、16k走を設定タイムどおりに完走した選手はたったの3名。さらに、16kのゴールまで何とかたどり着いた選手が数名……(途中で倒れる選手も)。

こんな状況になるとは私も思いませんでしたが、それほど過酷なコンディションだったのです。と、言いながら最初から実戦よりも遅い設定タイムでスタートさせることは、この練習を実施するタイミングなどを考慮すると、難しい判断だったと思われます。

そして何よりも、実際に走った選手たちのメンタルダメージが懸念されます。同時に、指示を出したコーチとの信頼関係も……。たまたま同じ場所で練習をしていた大学チームでしたが、とても考えさせられる厳しい内容でした。まさに過去に前例のない厳しい残暑をどのように克服しながら12月以降のマラソンに備えていくのか(ロスパラに向けても)。

明日は我が身なのです……。

2024秋を走る・2

【2024秋を走る・2】9月も後半に入りましたが、厳しい記録的猛暑が続いています。また、11月以降のマラソンに備え、本格的な走り込みを開始する季節ですが、ジョギングすることも厳しい状況でしょうか。そんな過酷なコンディションが続く中、日本ブラインドマラソン協会主催の伴走者養成研修会を実施しました。

今回の研修会は千葉県富津市富津公園で行いました。もちろん、同地で研修会を開催するのは初めてですが、強化合宿においては拠点にしている場所でもあります。また、今回の研修会には、アテネ五輪女子マラソン金メダリストで、当協会理事でもある野口みずき氏も駆けつけてくれました。

研修会の内容は、伴走に関する講義や実技指導など多岐にわたり、1泊2日の日程で実施されました。講義では伴走に関するルールはもちろん、視覚障がいに関することなど、かなり深掘りした内容もありました。

私は当協会においては、パラリンピックを目指す強化指定選手をサポートする担当なので、国際ルールは常に意識しています。ところが、国内ルールと国際ルールは似ていますが同じではありません。(詳細は割愛しますが、ダブルスタンダードになっている)。

したがって、いわゆる伴走ロープ(絆)と呼ばれているものも、国内ではロープを輪にしたものが一般的ですが、国際基準ではテザーと呼ばれている手錠型のものが指定されています。しかし、一般的にはほとんど認知されていないことを再確認することができました(国内ルールは伴走ロープでも可)。

続く実技講習においては、伴走の基本的なことからになりました。もちろん、伴走歴の長い方も多く、伴走ロープを持って走ることに対する抵抗感を持っている参加者はほとんどいませんでした。ところが、視覚障がいランナーのフォームや歩調に合わせて走ることが、できていない方が多いことにも少し驚きました。

さて、どんなスポーツもトップを極める「強化」と、底辺を広げていく「普及」の両輪が回らないと、発展していくことはできません。今回のような講習会は普及の意味ではとても重要です。また、各地で普及している伴走クラブなどは、さらに重要で大切な活動になります。

ところが、公式の国際ルールや伴走技術など、一般ランナーの方々は意外と知らない(普及側に情報が伝わっていない)。一方、一般の視覚障がいランナーが「もっと速くなりたい」と、強く思っていても何をどのようにしたら良いかの情報や方法を知ることや、対応できる人材を確保することが意外と難しい(強化側に思いが伝わっていない)。

日本のブラインドマラソンは歴史もあり、強化と普及もそれぞれ発展していますが、両輪をつなぐ軸がとても細いことを、再認識しました。そして、今回のような伴走者養成研修会は強化と普及をつなぐ機会として「もっと力を注いでいかなくては」と、強く感じた次第です。

2024秋を走る・1

【2024秋を走る・1】パリパラは無事に閉幕し、昨日帰国しました。まずは、同大会に関係された様々な方に厚く御礼申し上げます。また、我々のマラソンは大会最終日でしたが、出場した男女4選手全員が無事にゴールすることができました。

男子は、堀越信司選手が7位入賞。女子は、道下美里選手が銅メダル。結果の詳細については割愛しますが、選手たちは力を出し切ってくれました。あらためて、選手たちへのご支援ご協力を惜しみなく注いで頂いた関係者の皆様に重ねて御礼申し上げます。

さて、銅メダルを獲得した道下選手のガイドライナーに対するメダル授与はありません。ルール上、スタートからゴールまで完全に単独伴走をした場合のみ、そのガイドランナーにもメダルが授与されます。

特に、女子選手の場合、男子選手よりも相対的に走力が低くなるので、単独伴走を選択する選手(国)が多い。しかし、各国のガイドランナーを拝見していると「単独伴走で本当に大丈夫かな?」と、思われるガイドランナーが見受けられるのも確かです。

しかし、ガイドランナーは、どんな過酷な状況下に陥っても選手をゴールまで確実に安全に導く役割があります。至極当然のことながら他国選手との駆け引きやペース配分、給水などなど、その役割は多岐にわたります。もちろん、ガイドランナーにかかるプレッシャーや重圧は想像に難くありません(だからこそ選手以上の圧倒的な走力が必須)。

それらを鑑みて、日本チームとしては選手のパフォーマンスを最大限に引き出すため、必ず2人体制を選択しています。つまり、ガイドランナーへのメダル授与は最初から放棄することになるので、その点はガイドランナーも納得した上でのことになります(個人的には2人伴走選択にもメダル授与することを強く望んでいます)。

今回、道下選手のガイドランナーの1人(前半予定)が、体調不良のため本来の調子に届いていませんでした。最終エントリー変更の締切日まで回復を待ちましたが、そのガイドランナーを外し、好調なガイドランナーと入れ替えました。まさに苦渋の選択でした。

果たしてパリパラマラソン当日、道下選手はスタートから4位を独走する苦しい流れに……。しかし、エントリー変更した前半のガイドランナーが、道下選手を好アシスト(4位の単独走になったが、道下選手を設定タイムどおりにキッチリと伴走)。実は、道下選手の後ろを走っていた中国選手は実力者でしたが、この選手の追撃を見事にかわしていたのです。

案の定、後半のガイドランナーにチェンジしたあと、中国チームは焦りからか一気にペースを上げ、道下選手を猛追してきました。しかし、30k以降は選手の方が力尽き、最後はフラフラの状態でゴール(5位でゴール後に失格)。さらに、3位でゴールしたスペイン選手は、そのガイドランナーが後半苦しくなり、最後はガイドランナー自ら潰れて選手が失格に……。その結果、道下選手は銅メダルを獲得。もちろん、道下選手のたゆまぬ努力が引き寄せた「銅メダル」でした。

一方、結果的にはレースの流れを読み間違えた中国のガイドランナー。そもそもの走力が不足していたスペインのガイドランナー。そして、ガイドランナーの人選や走力強化にも力を入れ、盤石の状態で挑んだ日本。ガイドランナーの実力と経験の差が、今大会の銅メダル争いを決着したとも言えるでしょう。

2024夏を走る・14

【2024夏を走る・14】パリパラが開幕しましたが、パリパラマラソンチームは千葉県富津市で最後の調整合宿中です。そして、9月8日がパリパラマラソン当日になります。その当日までに予定しているポイント練習は、あと2回。

さて、パラリンピックに出場する選手たちは、選手村に2週間程度滞在します。しかし、2021年の東京大会はコロナ感染防止対策のため、各選手の出場する競技日程に合わせ、競技当日の数日前に入村し、競技終了後は速やかに退村する方式がとられました。

そして、今回のパリ大会も原則として東京大会と同じ方式です。実は、マラソンはパラリンピック最終日の競技になるので、2016年のリオ大会までは、選手村で約2週間も調整していました(事実上の調整合宿)。

もちろん、現地のコンディションに体調を合わせたり、マラソンコースをじっくりと確認できるなど、選手村に長く滞在するメリットはありました。一方、大会最終日が近づくにつれ、競技を終えた選手や関係者は緊張感も解け、楽しむモードに突入していきます。

そのピークは、パラリンピック最終日の前夜。つまり、マラソン選手たちにとっては、出走前日の夜になります。最も体を休め、良質な睡眠が必要な出走前夜にもかかわらず、選手村はお祭り騒ぎになります。

海外の陽気な選手たちは、国境を越えた仲間たちとギターなどを手に歌ったり踊ったりと、選手村の広場などで大いに盛り上がります。まさにこれこそが真の国際交流、パラリンピックとも言えますが、明日に大勝負を控えているマラソン選手たちにとっては……。

もちろん、今となっては薄れゆく記憶の中に残る「思い出」のひとつですが、パリパラも東京パラのように、「静かな夜」になることを……。そして何よりも、出場する選手たちが最後までケガや故障なく、スタートラインに立てることを祈るばかりです。

2024夏を走る・13

【2024夏を走る・13】パリパラマラソンに向け、最終調整に入っていきます。今月は、北海道北見合宿で最後の40k走を実施。その後は、長野県菅平高原で最後の起伏走を無事に終え、今日から千葉県富津市において最後の調整合宿に入ります。

これは、2021年東京パラマラソン前の調整と同じ流れになります。そして、9月2日まではこの富津市で調整し、9月3日にパリへ移動。パリ入り後の9月8日がパリパラマラソンとなります。

そのパリパラマラソンコースですが、オリンピックコースとは違い、厳しい坂道はありません。しかし、小刻みなアップダウンと鋭角に曲がるコーナー。さらに、コース上に点在する石畳など、ハードなコースであることは確かです。もちろん、それらを想定しながら走り込んできましたが、いよいよ最終調整です。

調整の基本は「休養」です。

しかし、目標の大会が近づいてくると、プレッシャーなどが増えてくるので、多くの選手は精神的に不安定な状況に陥り易くなっていきます。すると、練習量を落としていかなくてはいけない時期にもかかわらず、逆にたくさん走る選手がでてきます。

このケースは、選手自身もそのことに気が付いていないことが多く、無意識にガンガン走っていることがあります。そのため、レース後に振り返りをしたとき、なぜうまく走れなかったかの原因をつかめないときがあります。

しかし、しばらくたって、「あいつは、2日前の朝練習でものすごいスピードで走っていた」「あいつは、前日にジョグしてくると言ってから2時間後に帰ってきた」など、チームメートから「トンデモ話」がでてきます。

同様に、飲んだこともないサプリメントを購入したり、一度も受けたことのない治療院に出向いていったりと、不安な気持ちがそのまま行動にあらわれたりもします。もちろん、コーチや監督などが細かい指示を出し、それらを注意喚起しますが、全てを監視して完全に防止することはできません……。

また、選手は1日に2回から3回の練習を日課にしています。したがって「走らないこと」「走れないこと」への罪悪感が強いのが、選手でもあります。しかし、本命レースの数日前は完全休養日なども入るので、逆にひまを持て余すことにもなります。

この矛盾するような現実と心理状態を自身でうまくコントロールできる選手が、本番当日に調子を合わせられます。パリパラマラソンまであと2週間ですが、「迷ったら休養」で調整していきます。

2024夏を走る・12

【2024夏を走る・12】パリ五輪が閉幕しました。あらためて、日本選手団の皆様、たくさんの感動と元気をありがとうございました。また、金メダルランキングでは「世界3位」と、いつの間にか日本は「スポーツ大国」と言われる位置に……。

男女のマラソンも、赤崎選手と鈴木選手が自己記録を更新しての6位入賞と健闘しました。特に、個人的には五輪と言う世界最高峰の大会で自己記録を更新したことが素晴らしいと感じました(最高の状態に仕上げ、最高の大会に挑めた調整力)。

また、男女のマラソンとも、金メダリストの記録は五輪新記録でした。一方、パリ五輪のマラソンコースはかつてない過酷なコースと言われていましたが、逆に全体的にも記録が良かったような(結局は苦しくなってくる30k以降が下り基調だったからか?)……。

そこで勝手ながら過去の五輪マラソン記録をピックアップしてみました(当日の天候やシューズなどは不問)。

<2012年ロンドン大会>男子マラソン:金2時間8分1秒、銀2時間8分27秒、銅2時間9分37秒、8位2時間12分17秒、20位2時間15分26秒、30位2時間17分0秒、40位2時間18分34秒、2時間15分以内17名。女子マラソン:金2時間23分7秒、銀2時間23分12秒、銅2時間23分29秒、8位2時間25分11秒、20位2時間28分12秒、30位2時間30分13秒、40位2時間31分58秒、2時間30分以内28名。

<2016リオ大会>男子マラソン:金2時間8分44秒、銀2時間9分54秒、銅2時間10分5秒、8位2時間11分49秒、20位2時間14分24秒、30位2時間15分36秒、40位2時間17分44秒、2時間15分以内23名。女子マラソン:金2時間24分4秒、銀2時間24分13秒、銅2時間24分30秒、8位2時間27分36秒、20位2時間31分22秒、30位2時間34分36秒、40位2時間36分32秒、2時間30分以内15名。

<2021年東京大会>男子マラソン:金2時間8分38秒、銀2時間9分58秒、銅2時間10分0秒、8位2時間11分41秒、20位2時間15分11秒、30位2時間16分35秒、40位2時間18分27秒、2時間15分以内19名。女子マラソン:金2時間27分20秒、銀2時間27分36秒、銅2時間27分46秒、8位2時間30分13秒、20位2時間33分15秒、30位2時間34分52秒、40位2時間36分38秒、2時間30分以内7名。

<2024年パリ大会>男子マラソン:金2時間6分26秒、銀2時間6分47秒、銅2時間7分0秒、8位2時間8分12秒、20位2時間10分9秒、30位2時間11分32秒、40位2時間12分34秒、2時間15分以内55名。女子マラソン:金2時間22分55秒、銀2時間22分58秒、銅2時間23分10秒、8位2時間26分1秒、20位2時間29分20秒、30位2時間30分20秒、40位2時間31分58秒、2時間30分以内26名。

以上、ロンドン大会以降の男女マラソン記録を記載しましたが、やはり男子は今回のパリ大会が過去最速レースだったと言えるかもしれません。一方、女子は全体的にもロンドン大会とほぼ同じような記録でしたが、金メダリストが五輪新記録だったので、パリ大会の方が速かった?

2024夏を走る・11

【2024夏を走る・11】パリパラマラソン当日まであとひと月となり、再び北海道北見市において強化合宿を実施しております。3年前の東京パラも、同時期にこの北見市で強化合宿を実施し、男女のメダル獲得につなげることができました(2016年リオパラから)。

そして、今回のパリパラマラソン日本代表選手は、その3年前の東京パラマラソンと同じ顔ぶれとなりました。つまり、男子代表の堀越選手は2大会連続のメダル獲得。熊谷選手は2大会連続の入賞(初のメダル獲得)。さらに、女子代表の道下選手は2大会連続の金メダル獲得(3大会連続のメダル獲得)と、本人以上に周りの期待がふくらみます。

一方、日本代表選手に対して「楽しめば良い」「ベストを尽くせば良い」など、現地入りするまでは、比較的穏やかな言葉をかけられることが多いのは一般的です。ところが、試合結果に大きな乖離があったり、試合後の態度や発言によっては厳しいコメントやバッシングがいつの大会もあります。残念ながら……。

もちろん、どの代表選手も関係者も当初の目標を達成するため、日々の努力を重ねています(月並みですが)。

さて、今月6日から北海道北見市で強化合宿を実施していますが、厳しい暑さに負けないよう、最後の調整をしています。特に、4年に1回しか開催されないオリパラのような国際大会で力を発揮するために不可欠なことは多々ありますが、その中でも重要なことに「過去の経験とノウハウ」があります。

それは、同じ選手が何度も経験すると言う意味だけでなく、チームジャパンとして戦ってきた経験やノウハウも含まれ、むしろチームジャパンとしての経験やノウハウが大切になります。特に、マラソンは個人種目の極みのような扱いを受けますが、実際はかなり違います。

至極当然のことながら日々のマラソントレーニングには多くのサポートを必要とし、そのサポートをする側の経験やノウハウも問われることになります。また、ブラインドマラソンには伴走者(ガイドランナー)を必要とする選手もおり、日本代表選手の伴走者ともなれば、「誰でも簡単に」と言うわけにはいきません。

また、単独走が可能な弱視選手ほど、トレーニング時の給水やペース管理など、一般選手のようにはいきません。つまり、逆にトレーニングパートナー的な存在が不可欠にもなるのです。さらに、伴走者やトレーニングパートナーの走力を維持向上させるためには、強化合宿中も定期的に伴走者の個人練習を取り入れる必要があります(合宿中は伴走者の交代要員も必要になる)。

今回のパリパラマラソンに向けた強化合宿においては、正式なパリパラ伴走者2名以外にも、交代伴走者兼トレーニングパートナーとして6名を帯同させております。その中には箱根駅伝を目指す順天堂大学と帝京大学の学生選手も含まれます(あらためて感謝です)。

このように、パリパラマラソン日本代表選手たちは、多くの仲間に支えられることで、日々のトレーニングはもちろん、外部からの誹謗中傷などからも選手たちを守れることにもなるのです。

2024夏を走る・10

【2024夏を走る・10】パリオリンピックも開幕し、日本代表選手たちも熱い戦いを繰り広げています。一方、日本も連日の猛暑で、その暑さに疲弊しています……。

そんな中、千葉県にある順天堂大学で選手たちの測定を実施しました。測定した項目は前回と同じで、トレッドミル上を走りながら乳酸カーブなどを測定しました。そして、今回の測定も前回同様、同大学大学院スポーツ健康科学研究科教授、町田先生のご支援ご指導のもと、無事に実施することができました。あらためて、御礼申し上げます。

今回の測定は、パリパラマラソン日本代表選手を優先しましたが、疲労が蓄積している選手は測定自体を回避しました。もちろん、測定を実施した選手たちも同様、疲労がかなり蓄積した状態でした(走り込みの真っ只中)。

また、測定と聞くと、常に前回の数値と比較し、「上がったか?下がったか?」だけに一喜一憂するケースが多いのですが、確かにそれも大切な見方です。ところが、今回のように、測定前から疲労が蓄積していることを、どの選手も自覚している場合、前回の数値よりも下がる可能性が高くなることは、はじめから予測できます。

だからと言って、計画していた測定を簡単に中止する必要はないと考えます。そもそも測定は、身体の状態を数値化することであり、可視化することです。つまり、測定前に自分自身で今の状態を主観的に数値化(予測)し、実際の数値と比較検証することも大切な見方だからです。

その結果、測定前に予測した数値と実測した数値との差異が少ない選手ほど、自分自身の状態をより正確に把握する能力が高いことにもなります。これは、とても大切な能力のひとつであり、日々のトレーニングを適切な強度で継続できることにもつながります。

至極当然のことながら、実際のレース中は心拍数や血中乳酸濃度などの数値を正確に測定しながら勝負することは相当難しい。つまり、レース中は適切なペース設定やペース配分、ライバルと比較した際の余裕度など、勝負していく上でも「主観的運動強度」は大切な指標になります。

特に、夏マラソンの場合、主観的に自分自身の状態を把握しながらレースを進めていく能力が勝敗を大きく左右すると考えます。今回の測定で、たんに数値の良し悪しだけでなく、測定前の主観的数値(予測)と測定後の実績数値との差異を考察し、その結果をパリパラマラソンにつなげてほしいと考えます。

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