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2021-09

9月を走る・5

【9月を走る・5】次の目標に向け、強化合宿を再開しました。場所は千葉県富津市富津公園です。来年3月末まではこの富津で走り込んでいきます。また、毎年恒例となっていますが、箱根駅伝を目指す大学やニューイヤー駅伝を目指す実業団チームの選手たちが走り込む姿も、この富津に戻ってきました。

一方、東京オリパラに出場し、活躍した選手たちの多くは体と心を休め、これまでの緊張感から少しは開放されている時期でしょうか。あるいは、そろそろ次の目標に動き出している選手もいることでしょう。

さて、惜しくも地元開催のオリパラに出場できなかった選手や同大会において目標を達成できなかった選手たちにとっては、逆にチャンス到来でもあります。なぜなら、前述したように東京オリパラで活躍した選手たちの多くが、本来の姿(調子)から離れた状況にいるからです。

国の代表を目標にしているような選手たちは、黙っていても猛練習を自分自身に課します。したがって、自分より実力が上位の選手たちも常に猛練習をしていることになり、自分自身がどんなに努力してもその差を縮めていくことは容易ではありません。

また、スポーツの多くは強化合宿などを通じて、ライバルたちと切磋琢磨しながら自らの実力も高めていきます。そのため、ライバルに対して、常に勝ちづづけることは相当難しい。しかし、一方的に負け続けることも少ない。まさに切磋琢磨であり、その実力差は紙一重の世界になっていきます。

ところが、東京オリパラ後のこの時期は特別な状況になっているともいえます。日ごろ切磋琢磨することで、お互いに実力を高めることができますが、そのライバルが何らかの理由で手を抜いている状況だとしたなら、まさにチャンス到来といえるでしょう。

少し不謹慎な言い回しになりますが、ライバルが動きを止めているとき(ケガや故障も含め)、いかにしてそのライバルに対し、更なる追い打ちをかけられるか否かは、勝負事においてはとても重要なことのひとつといえます。つまり、そのスキに自分自身がどれだけ練習を積めるか否か。

2016年リオパラのT12男子マラソンで銅メダルを獲得した岡村選手は、2012年ロンドンパラでは4位でした。今回、東京パラのT12男子マラソンで銅メダルを獲得した堀越選手は、2016年リオパラでは4位でした。実は両選手とも、相当悔しい思いを一度は経験し、その気持ちをその後の練習に反映させた結果が、悲願のメダル獲得につながったのです。

9月を走る・4

【9月を走る・4】前回の続きです。2020年12月の防府読売マラソン後は、走り込みをしながら春のトラックレースを目標にしました。一般的に長距離やマラソンでは、「スピードをつけてから長い距離に移行する」と言います。もちろん、必ずしもこのとおりではありませんが、考え方のひとつとしては間違いないと思います。

また、人の体は、「スピードがついてくるとスタミナは落ち、逆にスタミナがついてくるとスピードは落ちるため、両方を一緒に狙えない」とも言われています。つまり、マラソンを目標にしたスタミナ重視のトレーニングと、5kのスピードアップを目指すトレーニングの両立は難しいと言われている理由のひとつです(私の経験上もほぼ同じ)。

したがって、9月のパラマラソンに向けた本格的な走り込みを6月からと計画していたので、その走り込みに入る前は、トラックレースでスピードを高める流れにしました。実は、夏マラソンを攻略していく上で大切なポイントは、単なる暑熱対策だけではありません。そのポイントのひとつが、目標としている夏マラソン直前の冬マラソン(12月から2月)で自己記録を更新していることです。

これも夏マラソンをスタミナと仮定した場合、その直前の冬マラソンはスピードとも言えます(かなりこじつけですが)。つまり、オリパラのようなビッグイベントの多くは夏に開催されるので、スピード(冬マラソン)を高めてからスタミナ(夏マラソン)に移行する流れになり、それが理にかなっていると感じます。

さて、4月から5月までのトラックレースでスピードを高める計画(自己記録更新)でしたが、実際はそうなりませんでした。それは、昨年12月の防府読売マラソンで自己記録を達成した選手たちほど、その後は故障や不調などのリバウンドが大きく、結果的には春先まで体を休める方が主となったからです。

コーチの立場としては、焦りのような気持ちもありましたが、これも結果的には良い休養期間となり、日本代表選手たちは6月からの走り込みに集中することができました。その走り込みは、定期的に距離走(長い距離)を実施していくオーソドックスな方法です。もちろん、暑さを考慮し、設定タイムをコントロールしながら走り込んでいきました。

その詳細は割愛しますが、6月は長野県上田市菅平高原で強化合宿を実施し、起伏の激しいコースを使った「40k走」を4本。7月は北海道北見市に場所を移して強化合宿を実施し、同じく起伏の激しいコースを使った「40k走」を2本、平坦なサイクリングコースを使った「40k走」を2本の合計4本走りました。8月の第1週も北海道北見市で最後の「40k走」を実施したので、6月から合計すると、「40k走」を9本実施しました。

最後の40k走後は、距離を落としながら設定タイムを少しずつ上げていく流れに移行していきました。8月26日午前、北海道北見市における最後の練習を終え、午後から千葉県富津市富津公園に移動。いつも慣れ親しんだこの富津を最終調整の場所に選びました。そして、パラマラソン1週間前は富津で最後の「16k走」を実施し、9月1日の午後から選手村に入村しました。

オリパラが1年延期となりましたが、上記した計画は2年前に決定していました。もちろん、その前から何年も同じ場所で強化合宿を繰り返しながら東京パラの戦略を練り上げてきたので、選手たちもその土地や宿泊旅館、そして、地元の人たちにもなじみ、ストレスなく長期滞在できるようになっていた点が何よりでした。

このように、多くの方々にご支援いただいた結果がメダル獲得につながりました。あらためて、お世話になった皆様方に厚く御礼申し上げます。地元開催の地の利を活かした戦略と戦術が成功しました。

9月を走る・3

【9月を走る・3】東京パラマラソンに向け、強化合宿などを積み重ねてきましたが、どのような過程を経て、9月5日を迎えたのかを、少し振返ってみます。もちろん、「こんなにすごいことをしてきた」とか「この方法や考え方しかない」と、言ったことではありませんので、予めご了承願います。

まずは何と言っても東京オリパラの開催が「1年延期」になったことでしょうか。これにより、東京オリパラに関係する全ての選手やスタッフなどに大きな衝撃が走りました。更に、世論も含め、様々な意見が飛び交い、強化活動を継続していくことが不透明な状況に陥った競技団体も多数ありました。

ブラインドマラソンの選手たちにも動揺は見られましたが、それもすぐに収束し、「個々にできることをしっかりと継続していこう」と落ち着きました。既に、日本代表選手にほぼ内定している選手や有力候補選手たちの地元でのトレーニング環境については、どこでも走れるマラソン競技の特性上、それほど悪化することがなかった点も幸いしました。

ところが、全国各地のマラソン大会や各種競技会などが軒並み中止や延期に追い込まれていったのは、正直言って困りました。このまま、1年と数ヶ月後の東京パラマラソン当日まで1回もマラソン(各種競技会なども)を走れないとしたなら、それが選手たちにとって最も不安要素になるからです。

しかし、2020年12月の防府読売マラソン大会は関係者のご尽力により、予定通りに開催する方向で調整が進みました。同大会は、ブラインドマラソンを早くから取り入れていただいている大会でもあったので、この大会で記録を狙うことに目標が定まりました。

そして、誰が東京パラマラソンの日本代表選手に選考されたとしても、その当日までに走れるマラソンは「この大会が最初で最後」と、どの選手たちも並々ならぬ決意で、2020年の夏から走り込みを重ねていきました。結果的には、この「一点集中力」を東京パラマラソンの1年前に実践(予行)できた点が大きかった。

2020年12月の防府読売マラソン大会の結果は、男子は堀越選手が大幅な自己新となるアジア新で優勝。女子は道下選手が、自身の持つ世界記録を更新する自己新で優勝。更に女子の2位は、藤井選手がWPA世界ランキング上位に入る大幅な自己新を達成。

この後は悪い方の予想が的中し、この防府読売マラソン大会が東京パラマラソン前に出走した最後の大会となりました。そして、先日の東京パラマラソンでは、堀越選手が銅メダル、道下選手が金メダルを獲得。そして、藤井選手が5位入賞と、2020年12月の防府読売マラソン大会で快走した3選手が、東京パラマラソンでも上位にキッチリと食い込みました。

これは、単なる偶然ではなく、昨年の防府読売マラソン大会で見せた「一点集中力」を、今回も個々に再現できたからなのです。

9月を走る・2

【9月を走る・2】東京パラマラソンは無事に終わり、東京パラも閉幕しました。あらためて、ご支援いただいた皆様に心より御礼申し上げます。特に、大会が延期となり、様々なご意見が飛び交う1年でしたが、多くの方に支えていただきました。本当に感謝しかありません。

さて、そのパラマラソン当日は、まさかの「雨」となりました。2016年からの5年間は何よりも「暑熱対策」を優先してきたので、まさに想定外でした。スタート時の気温も20度、まさに暑さとは無縁のコンディションとなりました。

実は、選手村に入村した9月1日から天気が下り坂となり、気温も下がっていきました。また、入村後は暇さえあれば週間天気予報を確認していましたが、天候が回復する兆しは最後まで見えませんでした。

マラソンを走る選手にとっては、暑いよりも涼しい方が走り易いのは誰の目からしても明らかです。しかし、暑さを想定した目標タイムを修正することは、簡単ではありません。なぜなら、連日30度の中で過ごしてきた身体が、急に20度の環境下に戻ると、体調がどの程度良くなるかを数値化(タイム換算)できないからです。

今回のパラマラソンに向け、暑さや最後の上り坂を考慮した上で、T12男子マラソンのメダル圏内予測タイムを「2時間29分59秒」、T12女子マラソンの金メダル圏内予測タイムを「3時間01分26秒(8月に修正)」と、最初に設定し、そのタイムを目標設定タイム(羅針盤)として強化してきました。具体的な強化内容は割愛しますが、どんな展開になってもこのタイムで走れる調子には仕上げました。

しかし、選手村に入村後、天候は雨、気温も20度弱と想定外の状況が続き、マラソン当日も変わらないコンディションがほぼ見えはじめたので、上記した目標設定タイムを少し修正することにしました。ここで難しいのが、上記した点と、記録に対する欲が出過ぎてしまうことです。

そして、修正したT12男子マラソン(堀越、熊谷選手)の目標設定タイムを「2時間28分10秒」、T12女子マラソン(道下選手)の目標設定タイムを「3時間00分59秒」と、少しだけ上方修正しました。もちろん、この目標設定タイムで走れば絶対にメダルは大丈夫と言うことではありませんが、レース中の羅針盤になるので、レース前は必ず選手ごとに目標設定ラップタイムを示します。

果たして結果は、T12男子マラソンで堀越選手が「銅メダル(2時間28分01秒)」、T12女子マラソンで道下選手が「金メダル(3時間00分50秒)」……。どの選手もガイドランナーも、強化合宿などで蓄えてきた力を全て出し切ってくれました。……あらためて、ブラインドマラソン日本代表選手たちと、そのガイドランナーたちに感謝です。

9月を走る

【9月を走る】9月1日に最後のポイント練習を富津で実施し、その日の午後、都内の選手村に入りました。昨年から大会が1年延期となり、一時的に不安定な状況になりましたが、何とかここまでたどり着くことができました。

幸い、この間もパラマラソンに出場する選手とガイドランナー全員が、順調にトレーニング計画を消化することができました。これも、延期後も変わらず、多くの方々からご支援いただいたその成果です。重ねて御礼申し上げます。

さて、入村後は天候不順が続いており、このままの状況でマラソン当日を迎えそうですが、何よりも「暑さ対策」を第一に強化してきたので、逆に複雑な心境でもあります。とはいうものの、8月の北海道北見合宿においては今と同じような天候や気温が続き、その中においての調整だったので、天候や気温に対する不安は感じておりません。

また、マラソンの勝負は「1対1」ではなく、「1対他」になります。したがって、レース展開や相手の動きをコントロールしていくことは極めて困難なスポーツとも言えます。更に、勝負している時間が単調で長時間なので、その日の天候に大きく左右されますが、その日の天候をコントロールすることはできません。

つまり、ライバルを個々に分析したり、当日の天候を過去の実績から統計的に予測していくことはたいして意味のないことと、あらためて感じます。別の見方をすれば、マラソンはほとんどのことを自分自身でコントロールすることができないスポーツとも言えるでしょうか。

至極当然のことですが、ライバルの動きや当日の天候を自分自身でコントロールすることはできませんが、自らの身体と心を自在に動かせる状態に仕上げることは自分自身で可能です。要は、自分自身が、肉体的にも精神的にも最高の状態で大会当日を迎えることができるか否かだけが勝負するポイントになります。

偉そうなことを言ってきましたが、「そんなことは誰でもしている」と。しかし、多くの選手がそれに気づいていながら周りばかりに気を取られ、それを実践することに失敗してきたのも事実です。

レース当日まであと数日ですが、「休養第一」で、おだやかに過ごします……。

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