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マラソン大会 Archive

伴走者・4

【伴走者・4】日本のブラインドマラソンとして初めてパラリンピックに出場したのは、1988年ソウルパラリンピックです。その時、T11選手の伴走者として初めてパラリンピックに帯同した方は、1952年ヘルシンキ五輪マラソン代表の山田敬蔵氏です。

当時のパラリンピックで実施された視覚障がいマラソンは、T12クラスのみの実施ではなく、3クラスそれぞれの部門(男子のみ)にわかれて実施されていました。そのため、2000年シドニーパラリンピックまでは各部門に1名ずつ選手を派遣し、1996年アトランタパラリンピックにおいては、T11クラスで悲願の金メダルを獲得しました。

また、2000年シドニーパラリンピックまでの伴走者は、視覚障がい選手1名に対し、帯同する伴走者は1名でした。もちろん、当時もルール上は複数の伴走者が認められていましたが、諸事情により日本は視覚障がい選手1名に対し、伴走者も1名の体制で世界と戦っていたのです。

そのため、日本代表の視覚障がい選手の走力アップに伴い、その伴走者も市民ランナーから実業団選手(相当)の実力者が名を連ねるようになっていきました。ところが、2004年に入るとT11クラスの日本選手が、2時間37分43秒の世界新記録(当時)を達成し、単独伴走でのサポートが難しくなったのです。

2004年アテネパラリンピックは、世界新記録を達成したT11クラスの選手に対し、伴走者を初めて2名体制で挑み、見事に金メダルを獲得。また、同大会には、T11クラスに選手を3名エントリーし、金メダルと4位、5位に入賞しました。参考までに、4位と5位に入賞したT11選手の伴走者は従来どおり、それぞれ1名体制で戦いました。

また、この2004年アテネパラリンピックまでは国や各競技団体が主導する強化体制は無いに等しく、各選手がそれぞれ自費などで賄い、伴走者と共に合宿などを実施していた時代でした。

今の強化体制と比較すると、当時の取り組みは大きく見劣りしますが、逆に合宿をはじめ何をするにも視覚障がい選手と伴走者の2人きりが主流でした。そんなこともあってか、当時の視覚障がい選手もその伴走者も個性的な人が多かったようにも記憶しています。

防府読売マラソン

【防府読売マラソン】第50回の節目となった防府読売マラソン大会。そして、同時開催させていただいている「視覚障がい女子マラソン日本選手権大会」も、ちょうど20回となりました。

更に、プロランナーとなった川内優輝選手もこの大会にほとんど毎年のように出場していますが、今回で何と100回目のマラソンとなったようです。偶然とはいえ、これだけ節目となる話題が重なることは珍しいことです。

さて、来年はいよいよ東京パラリンピックですが、今回の視覚障がい女子マラソン日本選手権大会で優勝。あるいは上位入賞した選手が、そのまま東京パラリンピックの代表選手に選考されることはありません。

また、パラリンピックの場合、単純に国内選考大会で上位〇位に入れば日本代表に選考されるとは限りません。パラリンピックに出場するための出場枠を別に獲得する必要があり、オリンピックにはない独特の国際ルールがあるからです。

特に、出場枠を獲得する上で記録はとても重要視され、世界ランキングの上位にランクされることはとても重要です。しかし、パラリンピックの場合、WPA公認の大会でマークした記録のみしか世界ランキングに反映されません。

ところが、国内で実施されるWPA公認のマラソン大会はあと数レースです。そのため、積極的に記録を狙える大会としては、事実上この大会が最後になる可能性もあります。今回、この大会にエントリーした選手たちもこの大会で自己記録更新を最大の目標に調整してきました。

大会当日は、少し気温が高めでしたが、風もほとんどなく絶好のコンディションとなり、どの選手もスタートから積極的に自己記録更新を狙って走りました。結果は、男子の1位と2位に入った選手が自己新記録を達成。

注目の女子は6選手が出走し、3選手が自己新記録を達成することができました。また、自己の持つ世界記録更新を狙った道下選手でしたが、惜しくも及びませんでした。しかし、今季世界ランキング1位に返り咲く好記録をマークすることができました。

東京パラリンピック視覚障がいマラソンの国内選考大会は、2月の別大マラソン大会を残すのみとなりました。この後、年末に強化合宿を実施しますが、全員で切磋琢磨しながら更なる記録更新を狙っていきます。

マラソンコース

【マラソンコース】12月8日は奈良マラソンが開催され、今年は10回記念大会となりました。また、縁あってこの大会には、第1回大会から私がコーチする選手(市民ランナー)たちも参加しております。

コースは起伏の連続で、「日本一きついコース」ともいわれているようです。確かに私の選手たちも自己記録と比較すると、5分から10分程度遅くなっている感じですが、コースの起伏に関係なく参加者は毎年増えています。

さて、マラソンコースは大会ごとに特徴があります。平坦で記録を狙いやすいコース、ある一定の距離を周回するコース。そして、起伏の激しいコースなど、様々なコースがあり、ランナーにとって大会ごとに特徴のあるコースを走れることが、大会に参加する大きな理由のひとつになっています。

実は、奈良マラソンのように起伏の激しいコースといっても、スタート地点とゴール地点が同じ(近く)であれば高低差は「0」ともいえます。つまり、道中の起伏は上りがあっても必ず同じ分の下りがあることになるからです。

実際に奈良マラソンは「日本一きついコース」といわれていますが、男女の大会記録は決して遅くない記録です。もちろん、わざわざ起伏のあるコースを走るより、平坦を走る方が楽に走れますが、起伏の激しいコースも攻略することは可能なのです。

また、いわゆる公認コースや公認大会を取得するにはいくつかの条件があり、それを満たしていないと記録自体も公認されません。特に、ある一定の記録を突破しないと出場できないエリート大会を目指しているランナーは、大会やコースが公認条件を満たしているか否かを予め確認しておくことは必須です。

近年は参加者が1万人をこえるような大きなマラソン大会においても、公認条件を満たしていない大会も多くあります。記録にこだわりを持っているランナーは必ず確認してから申し込みをしましょう。

今も昔も記録を出したあと、その記録が公認されないことを知り、あらためて公認記録の取得ルールを確認するランナーがいます。自己記録を更新するのはランナー自身の努力ですが、記録が公認されるか否かはランナー自身の努力ではないので、逆に悔やまれます。

本気で記録を目指しているランナーの皆さんは、あらためて確認しておきましょう。

再びマラソンへ

【再びマラソンへ】正月のニューイヤー駅伝、箱根駅伝からはじまり、都道府県対抗の男女駅伝と、全国規模の駅伝大会がひと段落したでしょうか。

そして、いよいよ今年度後半のマラソンシーズンに入っていきます。口火を切るのは、大阪国際女子マラソンとなりますが、来年の東京五輪を目指したレベルの高い戦いになるのは必至でしょうか。

同大会には、富津合同マラソン練習会で一緒に切磋琢磨している仲間からも多数出場します。そして、毎年のことですが、今年度も猛暑の夏から本格的な走り込みを開始し、切磋琢磨しながらここまで積み上げてきました。

先日の富津合同マラソン練習会においても、大阪国際女子マラソンを走る方々は最後のペース走をそれぞれの設定タイムでしっかりと走り切っていました。皆さんの快走を期待します。

また、その翌週は伝統の別大マラソンが開催されます。こちらにも多数出場予定ですが、同様に仕上がりも順調です。好調なときほど、風邪や体調不良に注意し、最後まで気を引き締めて調整してほしいと思います。

もちろん、1月末から2月にかけては、各地でマラソン大会が目白押しになるので、出走するどのランナーも目標の記録を目指し、走り込みの成果を出し切ってほしいと願っております。

さて、3月開催にスライドとなった今年の東京マラソンに出場する男女のエリートランナーが発表されました。特に、男子は今年も世界から記録を狙うトップランナーたちが集結していますが、実は国内のエリート枠で出場する男子選手の参加数が年々増加しています。

つまり、日本トップクラスの男子長距離選手たちの目標や意識もマラソンに移ってきており、男子トップ選手たちの間にも一種の「マラソンブーム」が到来している感じさえします。と、いったらいい過ぎでしょうか。個人的には、そんな感じを受けます。

今年度後半のマラソンシーズンでどんな選手が抜け出し、どんな記録を叩き出すのか?

いちマラソンファンとして大いに期待したいと思います。

連戦

【連戦】12月に入り、週末毎にマラソンや駅伝のテレビ中継が放送されています。もちろん、テレビ中継されている大会はメジャー大会のみで、全国各地ではたくさんの大会が同日開催されております。

そして、マラソンシーズンに入ったこの時期は週末毎にマラソンを走る屈強なランナーも多数います。このようなランナーはいつの時代もいますが、そのスタイルをひとつのトレーニング方法として確立させたのは、言うまでもなく川内優輝選手です。

さて、マラソンを1回走るとそのダメージは相当なものです。トレーニング理論や運動生理学など、専門家の見解としては、マラソン後は心身を回復させるため、休養する期間を設けることが定説となっております。

ところが、この回復期間と言うのは個人差が大きく、日々のトレーニング内容や強度、個々の自己記録などによって大きく異なります。専門的な話は割愛しますが、私が直接コーチしている方の中においても、連戦が可能な方、難しい方と様々です。

更に、マラソンの連戦をして一度は失敗しても、その経験を次の連戦に活かすことによって、自己記録を更新していく強者もいます。個人的には連戦をすすめない方ですが、連戦を通じて走力がアップしている方をみると「人の可能性は常識や理論を越えている」と、驚くことばかりです。

また、この連戦は肉体的な要素より、精神的な要素が大きく影響しているようにも感じます。つまり、「精神的スタミナ」の強さです。同時に、連戦を通じて一定の記録を残し続けている方は、思考がポジティブな方が多いと感じます。

と、言いながら連戦は怪我や故障のリスクが格段に高くなるのは間違いなく、実際に連戦によって故障し、マラソンから長期離脱した方もいる点を見逃してはいけません。

マラソンのトレーニング方法に正解はありませんが、実は連戦によって記録を達成する方法は、再現性が難しいのも事実です。なぜなら、トレーニングは自分の意志だけで進みますが、レース(実戦)は他人の意志も入ってくるからです。

特に、連戦に挑む方は良い面ばかりでなく、逆のリスクをよく理解しておくことは成功にもつながります。

暑さ対策?

【暑さ対策?】伝統の福岡国際マラソン選手権大会が、12月2日に開催されました。結果はご存知のとおり、服部選手が35k過ぎからペースを上げ、見事に初優勝しました。

当日は朝から気温が高く、スタート時の気温は20度を超える記録的な厳しいコンディションとなりました。案の定、中間点を過ぎたころからどの選手も暑さに体力を奪われ、失速する選手が続出していました。

それだけに優勝した服部選手の強さが際立っていました。また、服部選手は自分自身で発汗が多いとコメントしていましたが、まるで当日の気温を予言していたかのような見事な給水対策を実施していました。

具体的には、2本のスペシャルボトルを紐で結び、落とさないよう首にかけられる工夫です。これにより、持ちながら飲む負担軽減と、ボトルを取った後はどの選手よりも時間をかけてゆっくり飲んだり、身体にかけたりと準備したスペシャルドリンクを無駄なく摂取できていました。

私はマラソンを何十年も見てきましたが、こんな給水方法を見たのは初めてでした。もちろん、昔からあったのかもしれませんが、それを実行に移した服部選手の着眼点には驚きました。給水を見て感動したマラソンはこれが初めてかもしれません。

更に、優勝後に報道された服部選手のコメントを拝読すると、意外なことに40k走とロングジョグを軸にした日本伝統のマラソントレーニングを実施してきたとのことでした。服部選手は、箱根駅伝の2区で区間賞を獲得するような選手だっただけに、もっとスピード重視の取り組みかと思いきや…。

私は、どの選手のトレーニングが優れているとかの評価ができるような立場ではありませんが、福岡国際マラソンでの給水対策や福岡国際マラソンに向けた走り込みは、服部選手のぶれない心の強さを感じました。

何かと情報が飛び交い、何でも知ることや手にできる時代ですが、マラソンは周りに惑わされることなく、常に自分自身とじっくりと向き合った選手だけが栄光をつかむ。今も昔もシンプルで厳しい競技であり、逆にチャンスは平等にある競技と、あらためて感じた今回の福岡国際マラソン選手権大会でした。

東日本実業団陸上

【東日本実業団陸上】埼玉県熊谷市において、5月19日から2日間の日程で東日本実業団陸上競技選手権大会が開催されました。今年もIPC公認種目として視覚障がい男女の1500mと5000mを実施頂きました。

既に何度かこのブログでも説明しましたが、年間を通じて日本陸連公認の各種大会は全国各地で開催されています。しかし、パラリンピックを目指す選手たちにとっては、日本陸連公認だけでは記録が認められません。この上にIPC公認の諸条件を満たし、更にIPC公認申請手続きをしておかないと、パラリンピックを目指す大会としては公認されないのです。

そのため、パラリンピックを目指す選手たちにとっては、記録を狙える身近な大会が極端に少なく、少ないチャンスを活かせる調整能力が強く求められます。特に、中長距離種目は、当日のコンディションに記録が大きく影響されるので、運にも左右されます。

果たして今年の同大会は、19日は強風が吹き荒れる悪コンディションとなりました。種目は1500mでしたが、400mのトラックを1周すると全て向い風のような悪条件です。そんな中、男女とも期待の若手選手が記録更新を狙いましたが、残念ながら強風に阻まれました。

翌日は強い風もおさまり、まずまずのコンディションになりました。種目は5000mです。

この視覚障がい5000mは、特に男子選手は強化指定選手のメンバーがほぼ揃い、記録への期待も高まりました。結果は、全体的なスピードの底上げを感じる内容でしたが、中でもT11クラス期待の若手選手である唐澤選手が、「16分18秒59」と大幅な自己記録を更新しました。

そして、今回の最も大きな収穫は、たった3選手だけの出場だった視覚障がい5000m女子の部でした。

優勝したのは、T11クラスの井内選手でした。その記録は「20分37秒54」と、日本記録を大幅に更新。もちろん、自己記録も1分以上の更新です。同じく2位と3位の選手たちも自己記録を大きく更新しました。

実業団選手たちでも自己記録を更新するには厳しいコンディションでしたが、視覚障がい選手は男女合わせて13名の選手が参戦し、6名の選手が自己記録を更新しました。これから季節は夏に向かうので、長距離種目は過酷を極めていきますが、今大会以上の走りを見せてくれると、期待できる走りでした。

東京マラソン2018

【東京マラソン2018】2月25日に開催された東京マラソンは、ご存知のとおり歴史的な大会となりました。設楽悠太選手が日本新記録を達成し、日本人2位の井上選手も2時間6分台。更に、サブテンでゴールした日本人選手も過去最多と、まさに歴史に残るレースだったと思います。

また、自己記録を更新した市民ランナーの方も多く、沿道で応援していた体感では少し寒いような感じを受けましたが、結果的には絶好のコンディションだったようです。

と、言いながら私が関係する市民ランナー方の中には、逆に後半大失速したり、スタートから目標タイムを一度も維持できなかった方がいたのも事実です。

今回、日本のトップランナーをはじめ、目標どおりの記録を達成したランナーたちは、やはり、自分自身に合った計画的なトレーニングを積めていた点は間違いなく、何よりも自身の調子をしっかりと東京マラソン当日に合わせていました。

特に、日本新記録を達成した設楽選手は40k走を実施せず、ハーフ以下のレースを毎週のように走って調整したようです。この話しだけを聞くと、楽して記録を達成したかのように感じますが、逆に強豪選手の集まるハーフ以下の大会で調整をしていくのは、ある意味マラソン以上にレースでのプレッシャーが強く、メンタル面の方が先につぶれてしまいます。

つまり、それだけ自分自身を追い込んだレースで調整してきた設楽選手と、単に40k走を何本も走って調整してきたランナーとの比較は簡単にできません。もちろん、設楽選手は事実として東京マラソンで日本新記録を達成したので、見事な調整方法だったとしか言いようがありません。

一方、良いコンディション下のレースでも、計画どおりのトレーニングを積めていないランナーは、やはり失速していました。逆に、マラソンは良いトレーニングを積めても、当日のコンディションに大きく左右される競技なので、コンディションが悪ければ、記録は狙えません。

もちろん、良いトレーニングを積めていない選手は、良いコンディションになっても走れません。この点がマラソンの厳しさと難しさだと思います。

今年の東京マラソンは、様々な視点から考えさせられる素晴らしい大会でした。

第71回福岡国際マラソン

【第71回福岡国際マラソン】12月3日に開催された福岡国際マラソン選手権大会は、国内の期待される選手たちが多数参戦し、久々に活気あるレースとなりました。そして、結果も期待どおりに大迫選手が日本歴代5位の好記録をマークしました。

さて、その伝統ある大会に今年も日本ブラインドマラソン協会の強化指定選手が3名エントリーしました。しかし、その内2名の選手が体調不良のため、無念の欠場と途中リタイヤする厳しい状況となりました。

平和台陸上競技場で選手のゴールを待っている身としては、とても不安な気持ちに包まれていましたが、コーチとしてレース中は何もできません。そんな中、予定どおりのラップをキッチリと刻んでいた、弱視の熊谷選手(伴走無)の快走を祈る思いでした。

果たして、競技場の時計が2時間25分を過ぎたころ、続々と競技場に戻ってくる選手たちの中で唯一ラストスパートを利かせた選手が目に入ってきました。何とそれが熊谷選手でした。残り300mから更に猛スパートをかけ、前を走る選手を次々にゴボウ抜きし、まるで短距離選手のようなフィニッシュでゴール。

記録は、自己記録を大幅に更新する「2時間27分35秒」。もちろん、熊谷選手自身にとっても初の2時間30分突破です。また、この記録は今年のIPC世界ランキング1位に輝く好記録でもありました。

ようやく強化合宿をはじめ日々の走り込みが成果となった瞬間でもありました。コーチの私が言うことではありませんが、熊谷選手ほど走り込んでいる選手をあまり目にしたことがありません。特に強化合宿においては、1日の走行距離が50kから70kになるのは普通で、量も質も確実に消化できる選手です。

今大会は、悲願の2時間30分突破を目標にスタートしましたが、練習量に裏打ちされた安定した走りが光りました。実は、当日のコンディションとしては、後半の気温がかなり上がり、暑さも厳しかったようにも感じました。特に、2時間30分前後の記録を目標に走っていた市民ランナーの多くは30k以降失速していました。

そんな中、熊谷選手は最初から設定タイムをキープし、30k付近で一旦落ちた5kラップを35kからもう一度立て直して粘りました。更に中間点からは誰にも抜かれず、逆に70名以上のランナーをゴボウ抜きする激走。

これまで、練習の成果を実戦で発揮できず苦しんでいましたが、今回のマラソンで良い流れを自らの力で呼び寄せたと、納得できる内容の走りでした。更なる飛躍を期待したいと思います。

マラソンシーズン

【マラソンシーズン】先日の11月26日(日)は、全国各地で大きなマラソン大会が多数開催されました。また、天候もまずまずだった様子で、どの大会も高い完走率でした。

特に、大阪マラソンとつくばマラソンは今年もたいへんな盛り上がりを見せたようです。かくいう私は、視覚障がいマラソン強化合宿のため、どちらの大会にも出向くことができず、出場したランナーたちの快走を祈るのみでしたが…。

さて、その大阪マラソンには、私が携わっている市民ランナーが5名出場し、つくばマラソンには同じく20名の市民ランナーが出場しました。

結果から報告すると、大阪マラソンに出場した5名の内、3名の方が自己新記録を達成。つくばマラソンに出場した20名の内、8名の方が自己新記録達成、2名の方が目標記録達成、更に2名の方がセカンド記録。

まとめると、2つのマラソンを出走した25名の内、11名が自己新記録達成、2名の方が目標記録を達成し、セカンド記録達成が2名となります。

「セカンド記録以上の達成率=15名/25名=60%」

上記は単なる数字の集計になりますが、この1年間の成果を十分に発揮した内容だったと思います。一方で、直前の体調不良等により、思うような走りができなかった方がいるのも事実です。

本格的なマラソンシーズンは始まったばかりなので、次のマラソンに気持ちと身体を切り替え、これまで同様に地道な走り込みを継続してほしいと思います。

もちろん、自己記録を達成できた方々は、成功した要因をしっかりと解析し、次回のマラソンも安定した走りを再現することが大切です。

少し厳しい見方になりますが、2回連続で目標どうりの走りをした方が、はじめてその上のタイムを意識できるようになると思います。要は、快走した次のマラソンがポイントで、同じように気負わず、気持ちにゆとりを持って走ることが重要です。

引き続き、風邪に注意です。

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