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合宿の意味・2

【合宿の意味・2】ご存知のとおり、今年開催予定でした東京オリパラは来年に延期となりました。本来なら今年の7月と8月は最後の走り込みと調整のため、北海道で長期合宿を計画していました。

もちろん、それらの計画を大きく見直すか否かの検討もしましたが、来年の東京パラリンピックに向けた夏の強化合宿を検証する意味も含め、今年の夏は本来の強化計画どおり実施することにしました。

先日までの長野県菅平合宿においては、距離走も32kまでにし、各選手の調子を見極めることに重点を置いた走り込みを実施しました。しかし、今度の北海道合宿からは、いよいよ本格的な走り込みを開始していきます。

毎年、7月の北海道合宿は日本陸連様のご配慮により、「ホクレンディスタンス」にも出場してきましたが、今年はコロナ禍などの影響もあり、同大会には出場しません。その分、7月の北海道合宿はタイムトライアルを何度か実施予定です。

実は、4月からの自主トレ期間において各自で実施したタイムトライアルでは、5000mの自己記録を更新したり、10kの自己記録を更新する選手がかなりいました。その記録も日本記録を大幅に更新している好記録ばかりでした。たらればの話しになりますが、今年もホクレンディスタンスに出場していたなら、日本記録だけでなく世界記録を更新する可能性のある選手もいました。

いずれにしろ、7月の北海道合宿から本格的な走り込みを実施していきます。そして、8月も北海道でしっかりと走り込み、8月後半からは千葉県富津市に場所を移します。本来であるなら、9月6日は東京パラリンピックのマラソンです。

その日は延期になりましたが、同日に千葉県富津市においてトライアルを実施し、来年の東京パラリンピックに向けた夏合宿の検証をする計画です。もたもたしていると、今年の夏もあっという間に過ぎてしまうので、暑熱対策などもしっかりと実施します。

さて、上記したホクレンディスタンスもはじまりましたが、東京オリンピックを目指しているトップ選手たちは軒並み好記録ラッシュのような印象です。あらためて、「強い選手はどんな状況下でもしっかり走っている」。

我々も出遅れないよう、緊張感と危機感を持って夏合宿に挑みます。

合宿の意味

【合宿の意味】7月5日まで長野県上田市菅平高原において強化合宿です。先月から活動を再開しましたが、各選手の課題もつかめてきた感じです。また、前回の合宿同様、実業団チームの多くがこの菅平高原で合宿しており、日ごろあまり目にすることのない一流選手たちの貴重なトレーニングを拝見しております。

さて、コロナ禍の影響で4月以降やむなく自主トレに終始してきたランナーは多かったと思いますが、合宿などでみんなが集まって切磋琢磨することの意味について少し考えてみます。まずは、至極当然のこととして、長距離やマラソンのトレーニング方法はほぼ確立されています。

どの選手もマラソンを目指すのに、キャッチボールをやったり、パターの練習をしたりはしません。まずは走ります。そして、長く走ったり、速く走ったりしながらマラソンに対応できる身体をつくっていきます。

個々にマラソンの目標タイムは違いますが、どんな目標タイムであっても、それを達成するための走行距離や設定タイムなども概ねつかめています。そのため、自主トレなどの期間もどんな距離をどの程度のタイムで走り続ければ良いかも把握することができます。

ところが、慣れない単独トレーニングを継続していると、多くのランナーが、「この距離とタイムで大丈夫?」と不安に陥っていきます。まさに「自分を信じて愚直に継続する」だけですが、ある意味、それが最も難しいことである点を、このコロナ禍で味わったランナーは多かったのではないでしょうか。

さて、定期的に合宿や練習会で仲間たちと切磋琢磨していると、あることに気が付いてきます。「距離走は遅い設定タイムで走っているのに、マラソンは速い人がいる」、「スピードトレーニングをほとんど実施しないのに、マラソンはどんどん速くなっている人がいる」。あるいは、「インターバルトレーニングの設定タイムは遅いのに、5000mは速い人がいる」。これはどんなレベルのランナーにもあてはまることです。

このように、運動生理学的に云々と言うより、過去の経験などから身に付けたトレーニング方法を継続した結果、速くなっている人がいる事実を目の前で知る事ができます。「こんな練習で速くなるんだ!?」と、目の前で起っていることほど、説得力のあることはありません。

講習会などで専門的な講義を受けるより、目の前で起っている事実を知る方が、「これでいけるんだ!」と多くの刺激やヒントを得られることはたくさんあります。合宿や練習会に参加する意味は、コロナ禍の後ほど、深くなっていくでしょう。

再スタート・4

【再スタート・4】今年最初の菅平合宿は無事に終わりました。久々の準高地でのトラック練習だったので、かなり苦しんでいる選手もいましたが、どの選手も概ね計画どおりに走り込めていました。

また、菅平高原には多くの実業団チームがきており、かなり質の高いトレーニングを繰り返している選手が多かったように感じました。その中には、東京五輪マラソン代表選手に決定している6選手のうち、4選手の顔もありました。

特に、4月と5月はコロナ禍の影響でどの選手もトレーニングに影響が出ていると思っていましたが、全く逆でした。実業団選手たちはプロとしての自覚と覚悟を持って、この間は質の高い自主トレを軸に走り込んでいたのでしょう。

毎年、この6月に菅平高原で見かける同じ実業団選手の走りとは全く異なるシャープな動きでした。少なくとも今回の菅平合宿で見かけた選手たちは、仕上がっている印象を強く受けました。

「強い選手はどんな状況下でもしっかり走っている」

月並みですが、そんな印象をあらためて強く受けた今回の菅平合宿でした。我々も心を引き締め、来年の東京パラリンピックに向け、走り込んでいきます。

来週から再び菅平高原で強化合宿を実施し、7月中旬からは北海道で走り込んでいきます。東京パラリンピックが1年延期となったので、この夏は暑熱対策などもう一度シュミレーションできる絶好の機会となりました。どの選手もこの夏を無駄にしないでほしいと願っております。

最後になりましたが、こんな厳しい状況下でも我々の強化合宿を受け入れてくれた宿泊先の皆様には、あらためて感謝申し上げます。

再スタート・3

【再スタート・3】6月20日から長野県上田市菅平高原において強化合宿をスタートしました。もちろん、今年はじめての菅平合宿です。

コロナ禍の影響で今回の菅平合宿も実施可能か否かが微妙な状況でしたが、毎年お世話になっている旅館のご理解とご尽力で実施できることになりました。あらためて、厚く御礼申し上げます。

宿泊条件として、一人一部屋、食事中の配置など、3密を回避できる環境を厳守し、我々も合宿参加条件を見直すなど、何とか菅平合宿が実施できる運びとなりました。

選手とスタッフの数はいつもの半分以下ですが、緊急事態宣言の期間もしっかりと自主トレーニングを積んできた選手ばかりなので、問題なさそうです。

しかし、今年の3月以降は多くの大会や記録会が中止や延期になっており、どの選手も実戦から遠のいています。今回の合宿はトラックでのタイムトライアルを軸に、各選手の状態を確認していくことがメインとなります。

また、本来ならこの6月の菅平合宿あたりから走り込み的な要素も取り入れていく計画でしたが、秋以降の目標となる大会や記録会が見通せない状況です。そのため、多くの選手はモチベーションが下がり気味です。

まずは強化合宿が再開できたことに感謝し、現状の自分自身としっかりと向き合いながら少しずつ本来の状態に戻していきます。

※本日は15時30分からトラックで軽めのジョギングと1000mを1本実施しました。午後から気温が下がりだし、17時の気温は16度。そして、更に気温は下がり、19時で11度。寒い初日になりました。

再スタート・2

【再スタート・2】ランニングにとって3密より暑さ対策の方が優先される季節へと移ってきました。もちろん、感染防止策はしっかりとしなくてはいけませんが、6月に入ってから気温や湿度は更に高くなっていきます。

また、4月から5月までの緊急事態宣言の期間、個々がどのように過ごしたかによっても、これからの暑さ対策も違ってくるのでしょうか。いわゆる3密になる環境を作らないようにしながら走れたランナーは、実際にかなり走り込めていました。

逆に、慎重な行動に徹し、多くを自宅などに待機していたランナーの中には、ほとんど走れなかったケースもありました。感染対策としてどちらの選択が正しかったということではなく、結果として4月と5月で過去最高の走行距離を走りこめたランナーがいたのと、逆にほとんど走れなかったランナーがいたことです。

毎年、5月のGWあたりから気温が20度を超える日が定着してきます。更に5月後半は25度以上になり、30度に届く日も出てきます。4月前半は10度前後の寒い日もあったのが、一気に気温が高くなっていくのが5月でしょうか。

つまり、4月下旬から5月の間で暑熱順化ができているランナーは、例年通りの流れに沿って夏の走り込みに移行していけます。一方、自宅待機など慎重な行動に徹したランナーの場合、まずは軽めのランニングから再開するなど、暑さに慣れていくことが必要となります。

同様に各地の陸上競技場などの施設も利用可能な状況に戻ってきています。それに伴い本格的なトレーニングを再開するランナーも多いことでしょう。特にトラックでのトレーニングは高強度になる可能性が高いので、久しぶりに走るランナーは注意が必要です。

そして、トレーニングを順調に再開していくと、誰もが実際のレースを走りたくなります。しかし、大会開催に向けてはより慎重な対応が続いており、秋以降のマラソンシーズンについても不透明な状況です。

そのため、ランナーを取り巻く環境は、厳しい状況がしばらく続くと思われます。したがって、暑さが厳しくなっていくこの時期に慌てて走行距離をのばしたり、無理にトレーニング強度を上げる必要はないとも言えます。まずは、いつもの生活リズムを取り戻し、夏に向けた暑熱順化を優先しましょう。

再スタート

【再スタート】緊急事態宣言が解除されましたが、まだまだ収束とはいかない状況でしょうか。スポーツの世界もプロ野球など少しずつ活動を再開してきました。感染のリスクが「0」になることはありませんが、このまま何もしない訳にはいきません。

ブラインドマラソンも今月から強化合宿などを再開していきます。もちろん、選手毎に状況が違うので、全選手が足並みを揃えて再スタートとはいきませんが、幸い体調不良者は皆無だった点と、トレーニングもそれぞれができることを確実に継続できていた点は何よりでした。

また、延期となった各大会の新しい日程が決まりだしていますが、一方で中止を決断した大会も数多く、我々もこれから何を目標にトレーニングを積み上げていくかは不透明な状況でもあります。

過去に前例のない状況に陥っている以上、必要以上に心配しても答えを導き出すことは難しい。それなら前例のないことにも挑戦し、それを新たな実績にしていくことも必要なのかもしれません。

強化活動を再開でき、選手たちが元気に走れることに感謝しながら再スタートします。

伴走者・12

【伴走者・12】個人競技であるマラソンについても仲間と競い合い、切磋琢磨していくことで個々の力も上がっていきます。特に、伴走者が必要な視覚障がい選手については、常に2人がペアであり、単独走ではないのでなおさらです。

そのため、強化合宿を強化活動の軸にし、その回数や内容を充実していくことで、チームジャパンも力を培ってきました。つまり、個人競技であるマラソンもチームとして強化合宿を重ねていくことが要で、マラソンは団体競技であるともいえます。

チームジャパンを裏方としてがっちりと支えているのは伴走者です。ところが、強化合宿を充実させていくと、伴走者が必要な視覚障がい選手は、伴走者の理解を得ながら強化合宿を重ねていくことが逆に難しくなっていきます。

伴走者にも個々の事情があり、視覚障がい選手の都合どおりにはいかないからです。しかし、伴走者を伴わないと一歩も走ることができない視覚障がい選手にとっては死活問題です。この難題を解消し、チームジャパンを支えてくれたもうひとつの力(仲間)が学生選手です。

学生選手がはじめて強化合宿に協力してくれたのは、2005年ころになります。はじまりは、千葉県富津強化合宿での伴走協力を千葉県内の大学にお願いしたのが最初でした。そして、2008年ころからは箱根駅伝を目指す関東内の他大学にも伴走協力の輪が広がっていきました。

学生選手は若くて圧倒的な走力があり、伴走者としては理想的ですが、伴走経験のある学生選手はほとんどいません。ご協力いただける大学にお願いし、派遣される学生選手は右も左もわからない状態で強化合宿に参加します。

しかし、どの学生選手も箱根駅伝を目指しているだけあって、相手を観察する力は長けており、合宿初日の練習から伴走をそつなくこなします。また、強化合宿中は視覚障がい選手と相部屋になり、練習だけでなく食事や入浴などの日常生活サポートも全てお願いすることになりますが、どの学生選手も笑顔で進んで対応してくれます。

学生選手たちの様子を拝見していると、各大学での取り組みや指導は単に走ることだけでなく、日常生活など多岐にわたっていることがわかります。また、この強化合宿に参加したことがひとつのきっかけとなり、箱根駅伝出場を果たした学生選手もいました。

そして、学生選手と強化合宿を共にすることで、自身の競技に対する考え方や取組姿勢を見つめなおし、視覚障がい選手たちが意識改革を推し進める原動力になっているのが何よりです。

伴走者・11

【伴走者・11】視覚障がい選手の伴走者は、その選手の近くに在住しているランナーが担っているケースが一般的です。また、そのきっかけも人伝にお願いされ、伴走のことをよく知らないままはじめる人が多数です。

「明日からジョギングを」と思い立ったとき、「まずはトレーニング理論を」と考える人は多くないのと同じで、伴走をはじめるきっかけもこれに似ています。ところが、視覚障がい選手と初対面にもかかわらず、すぐにルールどおりの伴走ができるランナーもいます。

もちろん、最初は簡単なレクチャーを受けますが、まるでその視覚障がい選手と何年も一緒に走ってきたような伴走をするランナーもいます。特に、走力の高いランナーほど、伴走のコツをつかむのも長けています。

走力の高いランナーが偉いとか凄いという訳ではありませんが、相手のフォームやペースを見抜く観察力や、そのフォームやペースに同調できる表現力は、高いレベルで競技をしてきたランナーほど磨かれているのは間違いありません(本人が自覚しているかの有無は関係なく)。

2004年アテネパラリンピック以降、強化活動も本格的になってきたことは、既にこのブログにも記載してきました。特に、強化合宿についてはより重点を置きました。しかし、強化合宿の回数を増やし、1回ごとの合宿期間を長くしていくと、視覚障がい選手以上に帯同できる伴走者の確保が難しくなっていきました。

パラリンピックを目指す視覚障がい選手の伴走者に求められる最重要事項は走力です。しかし、伴走者にもそれぞれの家庭や仕事上の事情があり、パラリンピックを目指す強化活動に全てを傾注することはできません。

実はここにもうひとつの壁があります。パラリンピックを目指す視覚障がい選手の伴走者をしている多くの方は、自己犠牲をいとわない人格者でもあります。と、言いながら家庭や仕事を犠牲にすることへの限界はあります。

伴走者として高い走力を保ち、裏方(黒子)として視覚障がい選手に寄り添える人間力を備えていても、その伴走者の活動環境が整っていなければパラリンピックはもちろん、それを目指すための強化合宿に帯同(協力)することができません。

あるランナーが自分自身のマラソンを走るために休日を取得することと、自分が視覚障がい選手の伴走をするために長期休暇などを所属先から理解を得ることは、似ているようで全く違う次元の話になるからです。

伴走者・10

【伴走者・10】パラリンピックに向けた本格的な強化合宿を重ねていくと、選手たちの走力は記録や成績にあらわれ、手探りだったものが数値として「見える化」へと進化していきます。

特に、年間を通じて定期的に実施している強化合宿におけるトレーニングは、量も質もどんどん向上し、それを支えている伴走者に求められる走力も上がっていきます。そして、今も昔も伴走者に求められるのは、その両方に対応できる高い走力なのは変わりません。

また、いつの時代もトレーニング方法やその考え方は様々ですが、最終目標がマラソンである以上、トレーニングの量をある程度確保していく点も変わりません。そのため、伴走者に求められる重要な要素のひとつがトレーニング量をこなせるスタミナになります。

マラソントレーニングは主にスピード強化とスタミナ強化のふたつに分けることができますが、特にスタミナ強化は意外と効率的にはいかないと感じます(私の経験上)。そのため、強化合宿においてもスタミナ強化に割く時間は多くなり、年間を通じてもその継続と反復が軸となります。

特に、距離走やロングジョグ(LSD)などのスタミナ強化は根気が必要です。同時に、視覚障がい選手のランニングフォームやペースに合わせて長時間走り続ける伴走者の負担も相当なものになります。

伴走者の走力は視覚障がい選手より上なので、「ゆとりがあるから大丈夫」と判断して一緒にスタートします。ところが、いつもと違うランニングフォームやペースで長時間走ると、想像以上にスタミナを消耗したり、いつもと違うところに疲労を感じたりします。

その結果、強化合宿の前半で視覚障がい選手の伴走を継続していくことが困難な状況に陥ってしまうケースは意外と多いのです。また、厳しい見方をするなら「伴走者自身のスタミナ不足」がその原因とも言えます。

視覚障がい選手の走力が上がったか否かの目安は、単にマラソンなどのタイム向上で判断できます。そのため、伴走者は自分の走力とそのタイムを比較して伴走の可否を判断します。ところが、マラソントレーニング(強化合宿)を継続していける走力の有無について自らのスタミナを冷静に解析できる伴走者は少ないと感じます。

パラリンピックを目指す上で強化合宿は不可欠です。同時に、伴走者は強化合宿の初日から最終日までそのトレーニングを確実にサポートできる走力(特にスタミナ)が、視覚障がい選手にとっても不可欠になるのです。

伴走者・9

【伴走者・9】2012年8月、ロンドンパラリンピックが開幕しました。同大会は2000年シドニーパラリンピック大会以来、3大会ぶりに知的障がい選手が出場する競技も復活。20競技503種目に初出場の北朝鮮などを含む史上最多の164の国と地域から約4200名の選手が参加しました。

私自身も5回目のパラリンピック帯同となりましたが、本当に驚くことばかりの大会でした。特に、陸上競技場のスタンドが連日満員になっていたのは驚きと感動でした。また、単にスタンドが満員になっているだけでなく、観客の皆様がパラリンピック競技のルールや見どころなどもしっかりと把握していたのには、もっと驚きました。

まさに観客と選手が一体となり、躍動したパラリンピック選手たちの姿は私の知っているパラリンピックではなく、「オリンピックをも超えている」と感じました。

そのロンドンパラリンピックには、マラソンに3選手(2選手がトラックにも出場)、トラック種目に1名の視覚障がい選手を派遣しました。その内訳は、T12クラスの単独走選手が2名、T11クラスの選手が2名。そして、帯同した伴走者は5名でした。

また、どの大会もマラソンは最終日に実施されるので、マラソン代表選手は現地でじっくりと調整できる反面、大会の雰囲気などに惑わされず、自分自身のリズムをたんたんと押し通せる「強い心」が必須となります。

マラソン前にトラック種目の5000mに3選手が出場。T12クラスに2選手が出場し、ダブル入賞。圧巻は、T11クラスに出場した和田選手でした。伴走者と一心同体となったレース中の巧みな駆け引きの結果、見事に銅メダルを獲得!

最終日のマラソン(T12クラス)にはT12選手1名と、T11選手2名が出場。結果は、T12の岡村選手が4位、T11の和田選手が5位。更に、T11の高橋選手が7位と3選手そろって入賞を果たしました。もちろん、メダルを獲得できなかった点は悔しさも残りましたが、2008年北京大会の惨敗から見事な復活でした。

同大会に帯同した5名の伴走者は全員が元実業団選手。引退しているとは言え、高い走力を維持し、選手たちをけん引してくれました。そして、何よりもその伴走者たちがかつて名選手として培ってきた貴重な経験やノウハウが、選手たちの躍進につながったのが今大会でした。

※千葉県富津市富津公園は、引き続き駐車場や展望台への道などを封鎖しております。

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