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絆・3

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【絆・3】視覚障害者マラソンの普及と発展に力を注いできた「NPO法人日本盲人マラソン協会(JBMA)」が30周年を迎えることができました。この30年の間、本当にたくさんの方々のご尽力とご支援に支えられてきました。あらためて、心より感謝申し上げます。

当協会は、故杉本博敬初代会長の「情熱と行動力」によって誕生しました。その杉本初代会長は自らも中途失明し、想像を絶する苦労を重ねた方です。しかし、同会長は周りの人々が「舌を巻くほどの情熱」と「圧倒的な行動力」で、次々と理解者を取り込んで当協会の礎を築きました。

さて、視覚障害者がマラソンを走るには伴走者が必要不可欠であり、その伴走者に対しても称賛の声があがります。もちろん素晴らしいことに違いありませんが、マラソンを走ろうと決意して行動をおこすのは、あくまでも視覚障害者本人です。したがって、視覚障害者本人の情熱と行動力が無いと、マラソンのスタートラインに立つことすらできません。つまり、伴走者は選手(視覚障害者)の情熱と行動力によって、選手(視覚障害者)から伴走されるのです。

1996年のアトランタパラリンピックで日本人初の金メダルを獲得した全盲の柳川春己氏は「金メダルをとる!」と、合う人たちに言い続けました。そして、まさに「舌を巻くほどの情熱」と「圧倒的な行動力」で、見事に金メダルを獲得しました。

これは、一般のマラソンにも当てはまります。今回の30周年記念大会にゲストランナーとして花を添えていただいた公務員ランナーの川内優希選手も決して恵まれた練習環境ではありません。しかし、実業団ランナー(プロ)たちも「舌を巻くほどの情熱」と「圧倒的な行動力」で結果を残し、今や日本陸連までも熱い視線を注いでおります。

先日の京都福知山マラソンで、全盲の和田伸也選手が2時間36分32秒のアジア新&日本新をマークしました。上記した柳川氏がアトランタパラリンピックでマークした記録は2時間50分56秒と、当時のアジア新&日本新でした。1996年から記録的には14分弱も進歩したことになります。しかし、柳川氏が残してきた功績には、未だ到達することはできません。

これから世界と勝負していくために必要なことは、トレーニング環境やそれを裏付ける資金等、ハード面の整備は欠かすことができません。しかし、先人たちが身を持って示してきたソフト面にあたる、マラソンに対する「舌を巻くほどの情熱」と「圧倒的な行動力」を取り戻すことが、実はこれからの時代にも必要不可欠であると感じます。そして今回、30周年の節目をあらたな土台とし、意識改革も含めた新しい歴史を構築していきます。

引き続き、皆様方の絶大なるご理解ご支援をよろしくお願い申し上げます。

つづく。

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