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春を走る

4月を走る・3

【4月を走る・3】今年度1回目の強化合宿をいつもの千葉県富津市において実施しました。また、今回の強化合宿からトラック練習の比率を上げましたが、目的はスピード強化です。9月5日に予定されている東京パラリンピック・マラソンに向け、まずは短い距離のスピード強化からになります。

実は、今年に入ってから脚の不調を訴える選手が少し増えましたが、ようやく強化選手たちの足並みが揃ってきた感じです。選手としてハードトレーニングを継続していると、どんな選手でも必ずケガや故障の経験をします。

もちろん、それらを回避するために日々のケアや補強運動なども並行して継続しています。しかし、どんな選手にも「向上心」があり、常に記録を目指してトレーニング量や質を向上させている以上、ケガや故障を避けることはできません。

そもそもトレーニングは、「翌日に疲労が残らない強度では効果がなく、翌日に故障をしているような強度でも意味がない」と、その矛盾を数値化できそうですが、確実な指標となるものは見当たりません(私の経験上)。

日々のトレーニングにおいても心拍数を測定したり、血液検査を実施したり、早朝に尿比重を測定したりと、様々な測定や検査を平行していますが、どんな選手でもケガや故障を完全に防止することはできません。

また、ケガや故障に対する痛みの感じ方や反応が個々に違うので、見た目は同じような状態でも簡単に比較することが難しいのも事実です。具体例としては、見た目は何も問題ないと思っていても、自分自身で筋肉の張りや違和感を感じると、直ちにトレーニングを中断する選手がいます。

逆に、明らかに脚をかばいながら走っているにも関わらず、全く痛みがないと言い張る選手もいます。どちらも極端な例かもしれませんが、最終的に「痛いか?痛くないか?」は本人しかわからないのです。

また、ケガや故障を防止できても日常生活において、出勤中などに階段で転倒したり、自転車とぶつかったり、あるいはドアで指をはさんだりと、日々のトレーニングに支障をきたす事故やトラブルに巻き込まれる可能性も否定できません(こちらの方が意外と多い)。

至極当然のことですが、これから起り得ることをあれこれ心配しても仕方ありません。しかし、それらの防止策を考えることも必要であり、まずは9月までは経験の無いことや余計な行動を避けることも防止策のひとつになるでしょうか……。

4月を走る・2

【4月を走る・2】先日の3日から4日にかけて開催された東京陸協ミドルディスタンス・チャレンジ大会が駒沢陸上競技場において開催されました。まさに今年度のトラックシーズンの開幕です。また、同大会はパラ選手も出場できるように運営いただき、視覚障がい選手も多数出場しました。

まずは、大会開催にご尽力いただいた大会関係者の皆様に御礼申し上げます。

さて、同大会は事実上のシーズン開幕戦とあって、東京オリンピックを目指すトップ選手も多数出場し、どの種目も見ごたえのあるレースが繰り広げられました。特に、女子5000mで代表内定している田中選手のラストスパートは相変わらず見事でした。

しかし、4月の大会は全国的に強い風に記録を阻まれることが多く、今大会もホームストレートが強い向い風となり、残念ながら記録ラッシュとはなりませんでした。そんな中、男子パラ選手の井草選手(T37クラス)と岩田選手(T20クラス)の両選手が日本記録を更新し、大会に花を添えました。

特に、井草選手の男子1500m(T37クラス)は、東京パラリンピックの実施種目です。残されたチャンス(大会)は少ないですが、何とか東京パラリンピックに出場できる記録まで到達してほしいと願っております。

一方、この大会に出場した視覚障がい選手たちは、残念ながら自己記録を更新した選手はいませんでした。どの選手も調子は上がっていたのですが、強い風に最後まで苦戦しました。しかし、その中においても手応えを感じさせる走りを見せた選手も多数おり、次の大会につなげることができました。

あらためて、今年は昨年から延期になった東京オリンピック・パラリンピックが開催されます。4月に入り、オリンピックの方は続々と日本代表選手が内定していますが、パラリンピックの方は、まだそれほどではありません。

特に、陸上競技については、オリンピックとは違い、最終的に何名の選手が日本代表に選出されるかの人数(国別参加枠数)が現時点においては確定していません(一部の選手は代表内定しているが)。

そのため、東京パラリンピックを目指している選手たちにとっては、「とにかく少しでも良い記録を残しておく」。現時点においては、それが日本代表に近づく唯一の道です。

記録を狙える大会も残り少ないですが、最後まであきらめずに「前へ!前へ!」と、進むしかありません。

4月を走る

【4月を走る】新年度がスタートしましたが、コロナの影響は続いています。引き続き感染防止策を徹底しながらのトレーニングになります。また、陸上競技はトラックシーズンの開幕です。

4月以降も各種ロードレース大会の多くが中止や延期になっていますが、トラックでの記録会や競技会の多くは開催される方向で調整しています。したがって、選手として記録に挑戦しているランナーにとってはありがたいことですが、ロードレース大会を中心に、記録以外の楽しみも目的にしている市民ランナーの皆様にとっては、厳しい状況が続きそうです。

市民ランナーの皆様にとってはモチベーションが上がらな状況も続きますが、継続してきたランニングをここでやめてしまうことは、何としても避けたいところです。

今更ながらランニングは専用の道具や器具を使うスポーツではありません。また、ランニングフォームなどの技術面を語る前に、そもそも走れるか(動けるか)否かが最初に問われます。つまり、ランニングは技術的な要素より体力的な要素を多く問われるスポーツとも言えます。

また、技術的なことは一度身につけると、いわゆる「身体が覚えている」状態が比較的長く続きます。一方、体力的な要素は休んだり、やめたりすると、その状態を維持すること自体もできません(一方的に落ちていくだけ)。

つまり、ランニングはどんな走力の人でもやめてしまうと、何も残らない残酷なスポーツとも言えます。

そんなこともあるので、モチベーションが上がらない市民ランナーの皆様にとっては今が正念場かもしれません。何とか少しでも継続し、「0」に陥らないよう、様々な工夫をしてほしいと願っております。

そして、今年度も富津合同マラソン練習会を中心に、そのモチベーションを支えるひとつになれるよう、微力ながら活動を継続していく所存です。新年度もよろしくお願いします。

3月を走る・4

【3月を走る・4】3月は年度末になりますが、この1年はまさに想定外の連続でした。もちろん、予断を許さない状況はまだ続いています。しかし、関東の緊急事態はなんとか解除されました。そんな状況下、今年度最後の強化合宿をいつもの千葉県富津市富津公園で実施しました。

さて、この1年間は、特にガイドランナーを必要とする選手の合宿参加自粛が続きました。可能な限り密を避ける意味からもしかたない状況でしたが、ようやく今回の強化合宿から合流できた選手もいました。もちろん、強化合宿に参加できない期間においてもそれぞれの選手が、それぞれの方法で走り込みを継続していました。

同様にこの1年は、各種大会の延期や中止が相次ぎ、選手にとってはまさに最悪の状況が続きました。しかし、そんな状況下においても関係者のご尽力で開催に踏み切っていただいた大会もあり、少ないチャンスでしたがそれらの大会にトライすることもできました。

特に、ロードで開催されるマラソン大会においては大小問わず、中止や延期が相次ぎました。もちろん、その厳しい流れはまだまだ続いております。そして、パラリンピックを目指す我々の記録が公認される大会は、昨年12月に開催された防府読売マラソン大会のみでした。

同大会は、この1年間を通じてたった1回のみのWPA公認マラソン大会でしたが、男女の優勝選手をはじめ多くの選手が自己記録を更新しました。また同様に考えると、延期になった東京パラリンピックは今年9月の予定で、このレースもたった1回の開催になります。

このように、この1年は大会が激減したので、特にピンポイントに調子を合わせるピーキング能力がどの選手も格段に上がりました。と言うより、「やればできる」の方が正しい表現かもしれません。いづれにしても、この経験は東京パラリンピックに向け、大きな自信になったと思います。

しかし、多くの選手やコーチが、本命の大きな大会で自らの力を発揮できるよう、逆に小さな大会に数多く出場していくことで、その経験とノウハウを蓄積しようとします。ところが、この1年間はそれが全くできない状況に追い込まれ、何とか出場できそうな大会に退路を断つ思いで挑戦し、かつてない好記録を残している選手が多かったのは、見方によっては何とも皮肉なことだったかもしれません。

マラソンをはじめ多くのことは、量(ムリ・ムラ・ムダ)の中から本物の質が出てくると言われてます。一方で、最初から一点集中することで成功するケースもあります。この1年間の経験はどのように位置するかをよく振り返り、9月の東京パラリンピックにつなげていきます。

3月を走る・3

【3月を走る・3】今年の名古屋ウィメンズマラソン大会は、最も危惧していた強風下での開催となりました。それも最大風速10m近い強風がスタートからゴールまで吹荒れる最悪のコンディションでした。また、同大会のコースは、折り返し地点と交差点を90度に曲がる箇所が多く、風が吹くと追い風と向い風を交互に受け続ける難コースに豹変する特性もあります。

そんな悪コンディションの中、松田選手の走りは圧巻でした。まるでひとりだけ別のマラソンコースを走っているような安定した力強いフォームで最後まで駆け抜けました。その松田選手は、この1年間は特に精神的に厳しい状況だったとのことですが、そんな苦難を全く感じさせない見事な走りでした。アッパレでした!

さて、今大会の強風はスタートから10k付近まで強い追い風、逆に10kから15k過ぎまでは強い向い風。もちろん、それ以降もゴールまで強い追い風と向い風が交錯。また、このコースは全体的にはフラットですが、実はスタートから10k付近まではゆるやかに下り、その先を折り返したら同じ道を16k付近まで帰るので、15k付近まではゆるやかな上りになります。

マラソンを攻略する上で基本となるのは、最初の10k程度は抑え気味に走る点です。もちろん、どのように走るかは個々の戦術になりますが、特にこの名古屋ウィメンズマラソン大会のコースは、最初の10kまでは体力を温存しながら目標ラップタイムで確実に通過できるか否かが攻略ポイントのひとつと考えてきました。

しかし、今大会に限ってはそれが逆になったケースが多かったようです。つまり、追い風とゆるやかに下る最初の10kまでを無理におさえて目標設定タイムどおりに通過したランナーの多くは、結果的にはそれがあだとなりました。それは、10k過ぎを折り返した後、まともな強い向い風とゆるやかな上りとなる15kまでに大きくラップタイムを落とし、そのままリズムに乗り損ねてしまったケースが意外と多かったからです(15k地点の通過タイムを見て戦意喪失状態)。

ところが、逆に最初の10kを強い追い風とゆるやかな下りの勢いに身を任せ、目標より少し速いタイムで通過したランナーは、強い向い風と上りになる15kまでのラップタイムが相当落ちても、トータル的には目標タイムを狙える状況と余力が十分に残っていました。そして、それ以降も追い風と向い風を交互に受けながらも、リズムとラップタイムを風向きに合わせられていたランナーたちが記録を残せていた印象です(15k以降も記録に対するモチベーションをキープ)。

果たして富津合同マラソン練習会から今大会に参加したメンバーたちの多くは、10kから15kの強い向い風にレース全体の流れを崩されたケースが多数でした。今回出走したメンバーたちの多くは好調だっただけに、コーチの私がスタート前にこの点を、的確に指示できなかったことが失敗原因のひとつとなりました……。

「何度も足を運んでいる大会にも関わらず、常に何かを見落としている」

私自身が大いに反省し、その現場で得た情報から臨機応変に対応して発信する現場力を……。

最後になりましたが、大会準備と安全で安心な大会開催に導いていただいた大会関係の皆様に重ねて御礼申し上げます。

3月を走る・2

【3月を走る・2】寒暖の差が大きい季節ですが、強化合宿を実施している千葉県富津市富津公園においても、この1週間は10度前後の気温差がありました。更に、花粉が飛散する季節にも入っており、そちらの方がこたえる人も多いのではないでしょうか。

また、今回の強化合宿から選手とスタッフ全員に対するPCR検査も導入し、コロナ対策をより徹底するようにしました(今後は合宿毎に都度実施)。

さて、今週末の14日は名古屋ウィメンズマラソン大会が開催されます。同大会には東京五輪女子マラソン代表の鈴木選手も出場予定でしたが、足の調子から見送るとの報道がありました。鈴木選手にとって、この大会が目標ではないので、マラソンファンのひとりとしては周りの雑音を気にすることなく、マイペースで調整してほしいと願っております。

そして、同大会は女性市民ランナーの皆様が、久々に公認のマラソン大会を走れる機会となります。ここ富津公園においてもいつも一緒に走り込んでいる仲間からも10名以上の女性市民ランナーが出場します。

マラソンファンとしては、「歴史的な好記録ラッシュ!」となった先日のびわ湖毎日マラソン大会の後だけに、大きな期待をしてしまいます。しかし、上記した鈴木選手同様、周りの雑音を気にすることなく、個々の目標に沿ったマラソンをしてほしいと思います。

マスクや手洗い消毒の徹底と定着の効果で、風邪をひいている人を見かけない気がしますが、マラソンの最終調整における最大の敵は「風邪」です。出場される皆様においては、くれぐれも最後まで体調管理に注意し、休養第一でお過ごし下さい。

名古屋ウィメンズマラソン大会開催に向け、ご尽力いただいた関係者の皆様に対し、心より御礼申し上げます。

3月を走る

【3月を走る】何もかもが記録的で衝撃的だった最後のびわ湖毎日マラソン大会でした。優勝した鈴木選手の驚異的な日本新記録はもちろん、サブテン選手(2時間10分突破)が42名。更に、2時間20分突破選手までを含めると、なんと174名。おそらく人類史上最高レベルの大会だったのではないでしょうか。

好記録の要因は様々ですが、そのひとつとして出場メンバーがそろっていた点は大きかったと思います。今回、注目選手が多数いる中において、マラソンファンのひとりとして注目していた選手は、安川電機所属の北島寿典選手でした。

北島選手は、2016年3月に開催された第71回びわ湖毎日マラソン大会において、日本人トップの「2時間9分16秒」の記録で2位に入賞し、リオ五輪代表権を獲得した選手です。同大会は6位までに日本人選手が4人ゴールし、4人ともサブテンを達成するハイレベルなレースでした(7位・川内優輝・2時間11分53秒、8位・中本健太郎・2時間12分6秒、9位・井上大仁・2時間12分56秒)。

しかし、リオ五輪を含めてその後、北島選手が元気に快走する姿はほとんど見かけなくなりまいた。もちろん、他人の私がとやかく言う筋合いはありませんが、リオ五輪代表が決定した後、ケガに苦しんだようです。そして、北島選手が所属する安川電機には、ロンドン五輪6位入賞の中本選手も所属しています。

その中本選手は、今回のびわ湖毎日マラソン大会前に引退を表明しました。マラソンファンとしては本当に残念な気持ちでしたが、同世代で同チームに所属する北島選手の動向も気になりました。しかし、北島選手は今回のびわ湖毎日マラソン大会に一般参加選手としてエントリーし、調子は上向きとの報道がありました。

5年ぶりにびわ湖毎日マラソン大会を出走した北島選手は「2時間9分54秒」でゴール。5年前の記録とそん色ない快走でした。ところが、その順位は上記したサブテンでゴールした42選手の中では最後尾となる42位。しかし、この記録で北島選手は、びわ湖毎日マラソン大会における最後のサブテンランナーとなり、長い歴史の中にその名を刻みました。

さて、その北島選手は36才のベテラン選手ですが、サブテンでゴールした42選手の中で35才以上の選手は北島選手を含めて4名。同様に、2時間20分突破選手まで広げると、35才以上の選手はサブテンを含めて15名。このうち、40才以上の選手が2名でした(40才を過ぎての2時間20分突破は凄い!)。

更に、年齢を31才以上までに引き下げて確認すると、サブテン選手は11名。2時間20分突破選手はサブテンを含めて44名と、ベテラン選手の快走は想像以上でした。今大会は記録の価値観だけでなく、選手寿命の常識も大きく変えるきっかけになるかもしれません。

あらためて、今大会で復活した北島選手をはじめ、ベテラン選手たちの更なる躍進を大いに期待し、年齢の壁を崩し続けていってほしいと、心より願っております。

そして、同大会開催にご尽力いただいた大会関係の皆様、そして同大会を長年支え続けていただいた地元の皆様、ありがとうございました(かく言う私もその昔、同大会に鍛えていただいたひとりです)。

伴走者・11

【伴走者・11】視覚障がい選手の伴走者は、その選手の近くに在住しているランナーが担っているケースが一般的です。また、そのきっかけも人伝にお願いされ、伴走のことをよく知らないままはじめる人が多数です。

「明日からジョギングを」と思い立ったとき、「まずはトレーニング理論を」と考える人は多くないのと同じで、伴走をはじめるきっかけもこれに似ています。ところが、視覚障がい選手と初対面にもかかわらず、すぐにルールどおりの伴走ができるランナーもいます。

もちろん、最初は簡単なレクチャーを受けますが、まるでその視覚障がい選手と何年も一緒に走ってきたような伴走をするランナーもいます。特に、走力の高いランナーほど、伴走のコツをつかむのも長けています。

走力の高いランナーが偉いとか凄いという訳ではありませんが、相手のフォームやペースを見抜く観察力や、そのフォームやペースに同調できる表現力は、高いレベルで競技をしてきたランナーほど磨かれているのは間違いありません(本人が自覚しているかの有無は関係なく)。

2004年アテネパラリンピック以降、強化活動も本格的になってきたことは、既にこのブログにも記載してきました。特に、強化合宿についてはより重点を置きました。しかし、強化合宿の回数を増やし、1回ごとの合宿期間を長くしていくと、視覚障がい選手以上に帯同できる伴走者の確保が難しくなっていきました。

パラリンピックを目指す視覚障がい選手の伴走者に求められる最重要事項は走力です。しかし、伴走者にもそれぞれの家庭や仕事上の事情があり、パラリンピックを目指す強化活動に全てを傾注することはできません。

実はここにもうひとつの壁があります。パラリンピックを目指す視覚障がい選手の伴走者をしている多くの方は、自己犠牲をいとわない人格者でもあります。と、言いながら家庭や仕事を犠牲にすることへの限界はあります。

伴走者として高い走力を保ち、裏方(黒子)として視覚障がい選手に寄り添える人間力を備えていても、その伴走者の活動環境が整っていなければパラリンピックはもちろん、それを目指すための強化合宿に帯同(協力)することができません。

あるランナーが自分自身のマラソンを走るために休日を取得することと、自分が視覚障がい選手の伴走をするために長期休暇などを所属先から理解を得ることは、似ているようで全く違う次元の話になるからです。

伴走者・10

【伴走者・10】パラリンピックに向けた本格的な強化合宿を重ねていくと、選手たちの走力は記録や成績にあらわれ、手探りだったものが数値として「見える化」へと進化していきます。

特に、年間を通じて定期的に実施している強化合宿におけるトレーニングは、量も質もどんどん向上し、それを支えている伴走者に求められる走力も上がっていきます。そして、今も昔も伴走者に求められるのは、その両方に対応できる高い走力なのは変わりません。

また、いつの時代もトレーニング方法やその考え方は様々ですが、最終目標がマラソンである以上、トレーニングの量をある程度確保していく点も変わりません。そのため、伴走者に求められる重要な要素のひとつがトレーニング量をこなせるスタミナになります。

マラソントレーニングは主にスピード強化とスタミナ強化のふたつに分けることができますが、特にスタミナ強化は意外と効率的にはいかないと感じます(私の経験上)。そのため、強化合宿においてもスタミナ強化に割く時間は多くなり、年間を通じてもその継続と反復が軸となります。

特に、距離走やロングジョグ(LSD)などのスタミナ強化は根気が必要です。同時に、視覚障がい選手のランニングフォームやペースに合わせて長時間走り続ける伴走者の負担も相当なものになります。

伴走者の走力は視覚障がい選手より上なので、「ゆとりがあるから大丈夫」と判断して一緒にスタートします。ところが、いつもと違うランニングフォームやペースで長時間走ると、想像以上にスタミナを消耗したり、いつもと違うところに疲労を感じたりします。

その結果、強化合宿の前半で視覚障がい選手の伴走を継続していくことが困難な状況に陥ってしまうケースは意外と多いのです。また、厳しい見方をするなら「伴走者自身のスタミナ不足」がその原因とも言えます。

視覚障がい選手の走力が上がったか否かの目安は、単にマラソンなどのタイム向上で判断できます。そのため、伴走者は自分の走力とそのタイムを比較して伴走の可否を判断します。ところが、マラソントレーニング(強化合宿)を継続していける走力の有無について自らのスタミナを冷静に解析できる伴走者は少ないと感じます。

パラリンピックを目指す上で強化合宿は不可欠です。同時に、伴走者は強化合宿の初日から最終日までそのトレーニングを確実にサポートできる走力(特にスタミナ)が、視覚障がい選手にとっても不可欠になるのです。

伴走者・9

【伴走者・9】2012年8月、ロンドンパラリンピックが開幕しました。同大会は2000年シドニーパラリンピック大会以来、3大会ぶりに知的障がい選手が出場する競技も復活。20競技503種目に初出場の北朝鮮などを含む史上最多の164の国と地域から約4200名の選手が参加しました。

私自身も5回目のパラリンピック帯同となりましたが、本当に驚くことばかりの大会でした。特に、陸上競技場のスタンドが連日満員になっていたのは驚きと感動でした。また、単にスタンドが満員になっているだけでなく、観客の皆様がパラリンピック競技のルールや見どころなどもしっかりと把握していたのには、もっと驚きました。

まさに観客と選手が一体となり、躍動したパラリンピック選手たちの姿は私の知っているパラリンピックではなく、「オリンピックをも超えている」と感じました。

そのロンドンパラリンピックには、マラソンに3選手(2選手がトラックにも出場)、トラック種目に1名の視覚障がい選手を派遣しました。その内訳は、T12クラスの単独走選手が2名、T11クラスの選手が2名。そして、帯同した伴走者は5名でした。

また、どの大会もマラソンは最終日に実施されるので、マラソン代表選手は現地でじっくりと調整できる反面、大会の雰囲気などに惑わされず、自分自身のリズムをたんたんと押し通せる「強い心」が必須となります。

マラソン前にトラック種目の5000mに3選手が出場。T12クラスに2選手が出場し、ダブル入賞。圧巻は、T11クラスに出場した和田選手でした。伴走者と一心同体となったレース中の巧みな駆け引きの結果、見事に銅メダルを獲得!

最終日のマラソン(T12クラス)にはT12選手1名と、T11選手2名が出場。結果は、T12の岡村選手が4位、T11の和田選手が5位。更に、T11の高橋選手が7位と3選手そろって入賞を果たしました。もちろん、メダルを獲得できなかった点は悔しさも残りましたが、2008年北京大会の惨敗から見事な復活でした。

同大会に帯同した5名の伴走者は全員が元実業団選手。引退しているとは言え、高い走力を維持し、選手たちをけん引してくれました。そして、何よりもその伴走者たちがかつて名選手として培ってきた貴重な経験やノウハウが、選手たちの躍進につながったのが今大会でした。

※千葉県富津市富津公園は、引き続き駐車場や展望台への道などを封鎖しております。

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